花より男子の二次小説。CPはつかつくonlyです。

With a Happy Ending

ここはメープル東京36階にある、夜景が自慢のBar。
『The Classic』。


さすがはメープル。
ここは会員制になっていて、誰もが出入りできるところじゃない。
財界人、芸能人などの著名人も訪れるBar。
一般のお客様には本館2階にナイトバーが設けられていて、そちらも人気が高い。
だけど、この「The Classic」は上流階級の人間しか受け入れないという点で、皆の憧れのBarなんだ。
セキュリティーも徹底されているし、個室も多く設計されている。
入口には黒服が二人立っているけれど、それは警護担当の人。
ここは、完全VIP仕様のBarなの。

照明は低く落とされていて、シャンデリアのオレンジの光が余計に美しく見える。
夜景を見ながら語り合う男女も様になっていて、その先はあたしには未知の世界だ。


あたし?
あたしは、牧野つくし。
国立T大学4回生。
この厳しい就職戦争を勝ち抜いて、見事今年の4月から、東京メープルの総合職に内定が決まった。
メープルホテルの総合職は難関で今年の募集は10名。
日本全国から10名という最難関の仕事に内定が決まった時には本当に飛び上がるほど嬉しかった。
将来的には、全国・全世界に広がるメープルホテルの幹部を目指すのが総合職。
私が、この4年間の大学生活で得た知識を全て詰め込んでやっていきたいと思える仕事なんだ。

配属なんかはもちろんまだ知らされないけれど、総合職の皆はまず東京メープルの各部署を3-6か月で回るらしい。その後は1年ごとぐらいに、ローテーションがあるとか。恐らく、初めの1年は研修期間になる。ここで、自分にどの分野が一番合っているのかを、自ら知るとともに、上司からも評価されるんだと思う。
あたしは最終的には、経営企画課が目標。
メープルホテルの経営戦略を決めて、実行に移す仕事。
海外のメープルに行くチャンスも増えると思う。

内定が決まったあたし達、総合職10名は、ちょうど10月に同期で集まりを持った。
初めは、会社ぐるみでの顔合わせだった。
会社の幹部を含めた食事会の後、あたし達は10人で居酒屋へやって来た。
男女各5名の同期はすぐに打ち解けて仲良しになった。
今では全員がLINEで繋がると言う仲の良さ。
これから、みんなで協力して、東京メープルを盛り上げていく。
あたし達の目標は一緒ということで、俄然、就職に向けてやる気が出て来た。



それで・・
なんであたしが、この格式高いBarにいるかってこと。
それはねぇ。
食事会の時、丁度隣の席に座った幹部の人に、就職までバイトは禁止ではないけれど、どうせバイトするなら、メープルでしてはどうかと提案されたから。
The Classicの店員さんの一人が、急病で長期病欠になってしまったから、春までBarで働かないかと話を持ち掛けられたの。
The Classicなんて、恐らく自分が入社した後も足を踏み入れることもできない世界。
そんなところでバイトができるなんて。
もちろん内定が決まっていればこそのお話だった。
だから、あたしは二つ返事で了承した。

「是非!是非やらせてください!!」




それで、あたしは昨年の11月から、このBarのホールでウェイトレスをしている。
もともと、あたしは貧乏暇なし学生だから、他職種のバイト経験があって、高校時代からファミレスのバイトなんかは経験済み。洗い物から簡単なフードづくり、食事のサーブなどは全く問題なし。
ただ店内の照明が薄暗いのがちょっと緊張するけれど、カクテルなんかを持ち運ぶのも大丈夫。

ここのウェイトレスは、黒いの細身のパンツと白のスタンドカラーのブラウス、それに、ラップ型のショートエプロンを付ける。
あたしは髪が肩下まであるから、黒のゴムで1本にまとめている。
この仕事はファミレスのウェイトレスよりも、ずっとずっと緊張感があるんだ。

まぁ、ファミレスより緊張感があるのは客層からして当たり前なんだけどね。
どうしてかって言うと、
1つは、言葉使いかな。
ファミレスなんかだと、元気にハキハキとっていうのがモットーになるけれど、こんな高級Barではもちろん通用しない。
できるだけ上品に、丁寧に。
声は聞き取りやすく、けれど落として。
他のお客様の迷惑になるような話し声は論外。
生ピアノの演奏があるときなんかは、お客様の口元に耳を寄せることもあったりする。
慣れないあたしは、ちょっとだけドキドキしちゃう。

2つ目は、お酒の種類。
カクテルはもちろんのこと、ワイン、ウイスキーなど、大抵の有名銘柄が取り揃えられている。
だいぶ覚えたけれど、例えば、「辛口でおすすめ」とか、「さわやかなカクテル」なんて言われても、パッとは出てこないよね。
高級Barだけあって、ヴィンテージものも数多い。
お客様のkeepしているボトルも一度担当になったら覚えておかなくちゃいけない。
最近では、仕事の合間だったり、仕事終わりに、ちょっとだけあたしもカクテルを作らせてもらっている。そして、試飲することで、だんだんと有名なお酒は分かるようになってきた。とはいっても、あたしはお酒に弱くって、強いお酒は全くダメってことも分かったけどね。強いお酒はなめることしかできないわ。


そんなこんなで、緊張感を持ちながらのあたしのウェイトレス生活。
あたしは、大学の卒論の提出も終わっているから、比較的時間に余裕があるけれど、家庭教師のバイトもあるから、火曜日夜と金曜日・土曜日にBarのバイトを入れていた。金曜日・土曜日はとてもBarが忙しくなるからっていうことと、火曜日はあたしが他のバイトがないから。その他の日も、マスターに頼まれれば対応するようにしている。3月までの限定だから、できるだけ頑張りたいんだ。

Barのopenは18時半から。
あたしの勤務時間は18時~23時。
Barは0時までだけど、最後の方はいいよって言われて、23時には上がらせてもらっている。
でも、金曜日や土曜日は結局閉店までいることも多いかなぁ。
終電には間に合うけどね。




年が明けて1月になり、あたしのBarの仕事もだいぶ板についてきた。
勤務時間は長いけれど、途中少し休憩もできるし、賄い弁当はメープルのフレンチ弁当だったり、その日その日で違ったものがくるのが、うれしい。えへ。

でもあと3か月弱で、あたしはこのバイトを辞めて、メープルの社員になるんだけど、実は、最近、このバイトがとっても楽しくなっている。

それは何故かって?
それはね。

金曜日の夜になると分かる。
そう、今日、金曜日。


ほらっ、来た。
クルクルと髪が巻いた珍しいヘアスタイルに、整った顔立ち。
背が高くって、ビジネススーツが良く似合う人。
どうやらマスターとは古い知り合いみたいで、
「司君」って呼ばれてる。

今日もやって来た彼は、いつもの通り、VIP専用個室の一つに入って行った。
そして、マスターがいつものウイスキーを用意する。
そのウイスキーを運ぶのがあたしの役目。


『司さん』・・・あたしが、今、一番気になっている人。



 

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今朝、妙に早起きしちゃったので、予告なく始めちゃいました、新連載。
元旦に急に思いついたお話です。
どうぞよろしくお願いいたします。
『第三医務室の牧野先生』は週末に公開です!
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  1. 俺の女
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「司さん」はいつも金曜日は22時頃に来店する。
そして、いつも同じ個室に入って、ウイスキーを飲む。
あたしはマスターの指示通りに、ウイスキーボトルとグラスを運んで、彼の前でグラスにウイスキーをダブルで注ぐ。
それから、チェイサー(ストレートでウイスキーを飲む時に一緒に出す口直しの水)を用意する。
時々、マスターが「持って行って」というチーズやハムなんかを持っていくけれど、司さんが自分で注文することはない。
だから、声はあまり聞いたことがないんだ。
ちょっとミステリアスでしょ?


1月に入った頃から、金曜日か土曜日の夜に見かけるようになった。
あたしの勤務していない日にも来ているのかも知れないけど、あたしの知る限りでは金曜日か土曜日かな。
今日で見かけるのは4回目。

司さんは注文なんかしていないのに、マスターがお酒もおつまみも超特急で用意する。
たぶん、すごいVIPなんだと思う。
マスターとはどんな知り合いなんだろう。
司さんが入る個室は、どうやらいつも司さんのためにキープされているらしく、今年に入ってから、他のお客様が入るのを見たことはない。
いったい、何者なのかしらね、司さんって。

ちょっとだけ気になって、少し前にマスターに聞いてみたんだけど、
「あれ?つくしちゃんは知らなかった?ははは。それじゃあ、トップシークレットだ。」
と笑われてしまった。

マスターはあたしのことを「つくしちゃん」って呼ぶ。
バイトを始めたばかりの頃、緊張の連続で、マスターにつくしちゃんって呼ばれるとほっとした。
けれど、仕事中、お客様の前ではマスターはちゃんと「牧野さん」って呼び変えている。
これって、本当に大事なことだなって思う。
ここはお客様をもてなす場なんだもんね。
あたしたちは、裏方に徹するのみ。
お客様に、最高のおもてなしをするのがあたし達の役目。
こういう細かいところも、きちんと気を付けないといけないなって思う。


あ、そうそう、司さんね。
一見するとすごく恐そうなんだけど、
これが、すっごいイケメンなの。
もしかして、芸能人なのかな?
あたしのタイプではないけれど、かなりモテるよ、きっと。

着ているスーツも、左手首に見える腕時計も、きっと一流品。
あたしはブランドなんか詳しくないからよくわからないけど、明らかに量販店のものとは質が違う。
このBarに来るお客様は皆様お金持ちなんだけど、レベルが違うと思う。
あたしにも分かるぐらいの気品。
そんな、すっごいオーラがある人。


あたしがそんな司さんの何が気になるのかっていうと、
____あの冷たそうな瞳。


司さんは、全く笑わない。
注文をしないぐらいだから、声をかけられることもない。
だから、あたしも話しかけることはしない。


ここはお客様中心の世界。
お客様が望まないのに無理に笑いかける必要も無い訳で。
お客様が一番過ごしやすい空間を作るのがあたしの仕事な訳で。


でもね。
やっぱり気になる。

あの冷たそうな瞳はどうしてなんだろう・・・
あの口元は微笑むこととかあるのかな・・・
ちょっとでも・・笑ってくれないかな・・・

そんなことがとっても気になるんだ。



*****



俺がニューヨークから帰国したのには訳がある。
黒字とはいえ、経営の伸び率が少なくなった東京メープルのテコ入れのためだ。
そのために、俺は5年ぶりに日本に帰って来た。


大学はコロンビア大学へ通い、その傍ら家業である財閥の経営に携わった。
大学は3年で卒業し、その後は働きながらMBAを取得した。
高校時代までは、財閥の仕事になど興味のなかった俺だったが、始めてみれば俺には合っているようだ。
大学時代にビジネスの理論を学ぶと、すぐに実践する場は財閥内にあった。
状況を見極め、瞬時に判断し、次の行動に移す、俺はこの能力に優れているらしい。
道明寺の人間はビジネスセンスに長けていると言われるが、それだけじゃない。
アメリカでは寝る間も惜しむ努力をしてきた。
そして、その仕事内容が評価され、『道明寺司』の名前は経済界に広まった。
今回の帰国はいわば凱旋帰国で、日本支社の支社長からのスタートだ。
凱旋とはいっても、その後も成果を上げなければならないプロジェクトが山積みで、休む間などはない。


今年1月1日付けで、道明寺ホールでイングス日本支社、支社長に就任した俺。
日本支社の仕事の引継ぎの他に、今は東京メープルの実状把握に力を入れている。
東京メープルの経営自体は黒字決済で、悪くはない。
しかし、東京には多くの新しい高級ホテルが進出してきている中で、メープルも新しく生まれ変わる必要がありそうだ。
高級路線は維持しながらも、新たな客層を取り込んでいく。
メープルに関しては、短期的な利益回収もさることながら、どちらかというと長期的な目線での経営戦略が必要になりそうだ。
スタッフも含め、全体的な意識改革と新しいホテルプラン作り。
伝統を重んじつつも、新たなプランを展開する。
そのあたりが肝か。
とはいえ、俺もホテル経営は知識がなく、この数年は俺にとっても正念場になるだろう。


日本に帰国してから、俺は世田谷にあるうちの邸には殆ど戻らず、メープル住まいをしている。
会社に近いということもあるが、その方が、ホテルの実状を理解しやすいと考えたからだ。
インペリアルスイートは向こう1年押さえている。
ホテルの業務資料も、このスイートで確認することが多い。



帰国してから、業務に追われて息つく暇もない俺ではあるが、
週末の金曜か土曜には、息抜きのため、この『The Classic』に来ている。
ここは俺が高校時代、悪友たちと過ごした思い出のBarだ。
マスターはその当時から変わらない、臼井っていうオヤジ。
当時から、俺たちの兄貴分だった人だ。
未成年の俺たちに、ダメだと言いながらも、うまい酒を出してくれた。
俺らの若かりし頃の悪行を知り尽くしている臼井には頭が上がらねぇが、俺はこのBarが好きだ。
会員制だから選ばれた客しか来ないのが楽ってのもあるけど、この臼井とは旧知の仲で、俺が自分の部屋以外で、唯一ほっと息抜きができる場所だからかも知れない。


そのBarで俺は一人の女に出会った。
Barのウェイトレスをしている女。
今時珍しく、染めてもいない、ストレートの黒髪を1本に結んだだけのヘアスタイル。
その女が、臼井の指示通りに、酒とつまみを運んでくる。
俺をよく知る臼井が指示をだしているはずだから、信用はできる。

女との会話は一切ない。
余計な会話でもしてこようもんなら、俺は一発で退場させるが、こいつは俺に馴れ馴れしい態度はとらない。
まぁ、格式高いThe Classicの店員という時点でそれが当然なんだが、こういった個室に入ると、俺に近づいてくる女が多いのが現実で、俺はこういう場所で女と二人きりにならないように注意していた。
でも何故か、久しぶりにここを訪れた日から、決まって俺にサーブするのはこの女で、それがいつの間にか定着した。


ウイスキーボトルを持つ手の指先には、控えめなネイル。
爪はきっちり切りそろえられている。
清潔感があって、嫌な気分にはならない。

真剣にグラスに酒を注ぐ、好奇心いっぱいの瞳。
恐らく、上手に注げた時に出るんだろう。
ちょっとだけ、口角があがる口元。
このBarにはそぐわない明るい雰囲気を纏った女。


酒の準備が終わり、
『では、ごゆっくりと。』
と出ていく時に見せる、少しほっとした笑顔。


この女が来ると、いつも冷めた個室の雰囲気が変わる。
一瞬だけ、明るいオーラに包まれる。
女が出ていくと、いつもの寒い空間に戻る。


俺の部屋も、この個室も、常にその空気は冷たい。
全館空調の効いた部屋のはずなのに、俺の周りはいつも冷たい。
その部屋の雰囲気を一瞬で変えてしまう不思議な女。

冷たい空気には慣れているはずなのに、その女の持つ陽のオーラに触れたくなる。


特別美人だって訳じゃない。
会話をした訳でもない。
けど、その存在に引き付けられる。
そんな女だ。



 

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  1. 俺の女
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1月31日。
今日は火曜日で、仕事は21時に終わった。
別に早く終わる必要なんてなかったが、今日は会食も急ぎの決済もなかった。
秘書の西田が俺に向かって、
「お疲れ様です。今日はゆっくりなさって下さい。」
と頭を下げた。

ゆっくりと言われたところで、俺にすることは仕事ぐらいしかない。
酒や女に夢中になることもなければ、いわゆる趣味ってやつもない。
だったら、その仕事が一段落しているのであれば、あとは部屋に帰ってゆっくりしたらいいのかも知れないが・・


けれど、俺は部屋には帰らず、何となくフラフラとBarにやって来た。
いつもは平日に飲みには行かない俺だが、寝る前に一杯酒でも飲んでおくかと思っただけだ。


店内に入ると、臼井が驚いた顔を見せた。
「司君、珍しいですね。」
「おう、一杯くれ。」
それだけ告げて片手を上げ、俺はいつもの個室に入った。

少しして、あの女がウイスキーを持ってやって来た。
いつもの通り、俺が指定しているマッカランのヴィンテージボトルとグラス。
いつもと違うのは、今日は少し多めのつまみと、アイスペールを持ってきているところ。

女がグラスに氷を入れようと準備した。
俺は、いつもストレートだ。
氷なんて必要ねぇ。
「おい、ちょっと待て。」

女の手を止めようとしたその時に、俺の携帯が振動した。
女は手を止めたまま黙っている。

「あぁ、俺だ。なんだよ、あきら。あぁ、メープルにいる。はぁ?誕生日?俺の?今日だったか、忘れてた。」
女が出て行こうかどうするか迷っているようだ。

「もう、誕生日とか言ってる歳じゃねぇだろうよ。歳くっただけだ。あぁ、サンキュ。切るぜ。」

幼なじみのあきらからの電話は誕生日を祝福する内容。
もう、ガキじゃねぇっつーのに、相変わらずあきらの奴は細けぇな。
以前は、俺の誕生日にはデカイパーティーをしていたもんだが、それも今年からは無くした。
帰国直後で多忙であることもあったが、本当に祝う気の無い奴らとのビジネスのためだけのパーティーに俺の名前を使われるのは、もうまっぴらだった。
それでも、会社にはたくさんの祝いの花や電報、贈り物なんかが届いたらしい。
恐らく邸も同様だな。
うぜぇっつーの。
それに何の意味がある?
そんなもん、いらねぇよ。
自分が欲しいもんは、自分で手に入れる。
これまでもそうだったし、これからもそうだ。
誕生日にかこつけたご機嫌とりのプレゼントなんて、見たくもなかった。


「あのぅ・・・」

はっと気が付くと、女が戸惑った様子で俺を見ていた。
俺の表情が険しくなっていたのに驚いたようだ。

「あぁ、わりぃ。俺は、いつもストレートだ。」
そう告げると、

「でも、マスターが、今日はロックを出すようにと。」
「あ?」
「ですから、今日はロック・・」
「お前、何様だ?」
「あっ、いえ、その・・・すみません。でも・・」

何がロックだ。
ロックなんて、水と同じだ。
そんなもん、酒じゃねぇよ。

「ストレートだ。」

つべこべ言い出した女に、最後に一喝すると、
女が慌てて、グラスにウイスキーをいつも通りダブルで注いだ。

「すぐにチェイサーをお持ちしますね。」
そう言った女が慌てて出ていく。


はぁ。
俺は何となく溜息をついていた。
今日、ここに来たのは、何か期待してたって訳じゃない。
でも、女の明るい雰囲気が気に入っていた。
ただその雰囲気を感じたかったのに。

慌てて出ていった女。
というより、俺がビビらせちまったか。

はぁ。
無意識に、もう一度ため息が漏れた。


それから女がチェイサーを用意して、また出て行った。
その女はいつも20分間隔ぐらいで様子を見に来る。
グラスが空になっていれば、酒を注ぎ足していく。
チェイサーも毎回新しいものに変えていく。
そんなことが何度か繰り返された。


不思議なことに、俺がこの店に来ると、必ずあの女が担当になる。
今日は初めて平日火曜に来たのに、あいつが担当だった。
女は面倒くさいから傍に置かない俺だが、あの女は悪くねぇんだよな。
俺に色目を使うこともなく、淡々と仕事をこなしている。
経営者目線で言えば、さすがは「The Classic」の従業員だという評価になる。


20分おきに姿を見せるのも、楽しみだった。
そろそろ来る頃かと思うと、ウイスキーを注がせたくて、つい酒が進んじまう。
1杯だけのつもりだったのに、今日は早めに来たせいで、すでに5杯目だった。
来て欲しくなければ、「呼ぶまで来るな」と言えばいいだけのことなのに、何となくそうは言いたくなくて、飲み続けちまった。

また約20分が経って、
「失礼いたします。」
と女が丁寧に部屋に入ってきた。

空になったグラスをみて、
「お客様、どう致しましょうか?もう少し、飲まれますか?」

少し心配そうに俺を見ている。
この俺の心配をするなんて、100万年早ぇ。
けど、なんとなくくすぐってぇ。

「もう少し飲むか。」
そう言った俺に、女が首をかしげて考えている。

「でも、もう時間も遅いですし、そうだ、コーヒーをお持ちしましょうか?」

確かにこれ以上飲めば、さすがの俺も明日に響く可能性もある。

「じゃあ、それで頼む。」
素直に従った俺に対して、女がパッと顔を綻ばせた。


それから、女は俺にコーヒーをサーブすると、もう部屋には入って来なかった。
飲み物のサーブが終われば、俺には用は無いってことだ。
そんな風に考えると、思わず自嘲的な笑いがもれちまった。
この「道明寺司」が女にサーブされたがっているなんてな・・



もうすぐ0時。
閉店時刻だ。
そろそろ、チェックして、部屋に戻るか。
やっと、無意味な俺の誕生日が終わりを告げるその時刻。

俺が立ち上がった瞬間に、再び女がやって来た。
女は思ったよりも背が低い。
俺の肩ぐらいの身長で、俺をまっすぐに見上げてきた。


「あの・・いつもお仕事お疲れ様です。
それで・・お誕生日おめでとうございます。」

そう言って手渡されたのは、丸い形の食い物。


無言になる俺。
この俺に、直接プレゼントを渡してきた奴なんて今までいない。
しかも、食い物なんてありえない。

思わず受け取っちまったが・・
「おい、これ・・」

「あれ?ご存知ありませんか?マフィンですよ。明日の朝にでもどうぞ。」

マフィン・・

こんなもん、返そうと思った時に、
「では。これで。」
と、女がすっと立ち去った。


マジ・・ありえねぇ。

俺はその場に呆然と立ち尽くした。



 

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明日から2日間は「第三医務室の牧野先生」です。
また夜にアナウンスを予定しています。
  1. 俺の女
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司が、誕生日に、つくしからマフィンを手渡されたところからです。
***


突然マフィンという食い物を手渡され、しばし呆然とした俺。
どのぐらい呆けていたのか、けれどすぐにジャケットを持ってカウンターに向かった。
が・・・あの女がいねぇ。

「臼井。あの女、どこ行った?」
少し驚いた臼井の顔。
「牧野さんですか?」
「あぁ、そいつか。」
あいつの胸についたネームプレートには『牧野』とあった。

「もう、帰りました。彼女はもともと23時までですから。」
「あ?」

帰ったって、これ、どーすりゃいいんだよ。
仕方ねぇな、捨てるか・・・。
じっと菓子を眺めて、どうするべきか迷う。
いつもだったら投げ捨てているところだと思うが、なんとなくそれはできなかった。

「臼井これ。」
「あぁ、牧野さんが作っていたやつですね。ははは。司君に渡すためだったのか。あはは。」
「あははじゃねぇよ。これ、返しとく。お前が食えよ。」
「僕が見ていたから、毒なんて入っていませんよ。もらってやってください。そうか、誕生日って司君のことだったのか。お客様のお誕生日だから、プレゼント作ってもいいかって聞かれてね。接客の合間にせっせと作っていましたよ。」

しみじみと話す臼井。
あの女がここで作ったのか?
俺とあきらの話を聞いて、誕生日だと分かったんだな。
そう言われてみれば、手にしたマフィンはまだほんのり温かかった。


いつもの俺なら考えられないことだが、俺はそのマフィンを持ち帰ることにした。
ほんの気まぐれだったと思う。



*****



翌朝起きると、何となく頭が重い。
昨日は予定よりもウイスキーを飲み過ぎた。
こんなことなら、ロックでも良かったかも知れねぇな。
そう思いながらシャワーを浴びた。

ダイニングに出ると、テーブルの上に、丸い菓子がのっていた。
昨日あの女に渡された、マフィンってやつだ。


俺はコーヒーマシンでコーヒーを淹れ、
ダイニングの椅子に座った。
目の前にはマフィン。
よく見ると、二つ並んだマフィンの間に小さなカードが挟まっている。
反射的に袋をあけて、カードを開いた。


『お誕生日おめでとうございます!
素敵な一年になることを願っています』


プッ。なんだ、これ?
こんなもん、渡してくる奴は初めてだ。
素敵な一年?
素敵ってなんだ?


思わず笑いが込み上げる。
手作りなんて気持ちわりぃもんを渡した上に、手書きのカードまでついてきた。

その内容は、仕事のことでもなく、厭らしく俺を誘うものでもない。
ただただ、俺の幸せを願うもの。


あの女・・
もしかすると、本当に俺の誕生日を祝ってくれたのか?
見ず知らずの俺の誕生日を?
あいつは俺の身分を知ってるんだろうか。
いや、知らないわけねぇよな。
あのBarで、俺を知らないなんてありえねぇだろ?
知っていながらも、この俺にこんなもん渡してくるなんて度胸がある。

俺はその度胸に免じて、マフィンを摘まんで口に入れた。

「甘めぇ。」


俺は甘いもんが苦手だ。
普段なら、絶対にこんなもんは口にしねぇ。
それでも、この菓子は食いたくなった。
食わなきゃダメなんじゃないかと思った。
俺はビジネスに対しては完全な理論派だが、もう一方で、直感を大切にしている。
自慢じゃねぇが、俺の直感は当たる。
直感つーのは、結局は俺の経験値や、今までの関わり方が大きく影響するもんだ。
俺は、あの女を気に入っている。
それは間違いない。
だから・・・

ブラックコーヒーを片手に、俺はマフィンを1つ完食した。





その日の夜、俺は珍しく平日に連続でBarへ向かった。
臼井が俺を出迎える。
「司君、本当に珍しい。どうかされましたか?」

「いや、臼井、あの女いるか?」
「牧野さんですね。」
「あぁ。」
「彼女は、火曜と金曜、土曜のみの勤務ですよ。今日は勤務外です。」
「あいつ、バイトなのか?」
「ええ。身元は保証されていますから、ご心配なく。」
「それは、心配してねぇけど。」

クスクスと臼井の奴が笑ってやがる。
「あのマフィン食べたのですか?」
「あぁ。」

俺はカウンターに座り、臼井と向かい合った。
「あいつ、いったい何者なんだ?この俺に菓子を渡してくるなんてよ。」
「ははは。牧野さんは、知らないんですよ。司君のこと。」
「はぁ?」
「それが僕も面白くてね。ついつい、言いそびれてしまって。」
「知らねぇって・・」
「VIPだとは思っているんでしょうが、ここのオーナーだとは分かっていませんよ。」
「マジか。」

俺は唖然としながらも、可笑しな気分だった。
俺の身分も知らずに、誕生日祝いとして手作りの菓子を渡してきた女。


この東京メープルは道明寺ホールディングスが殆んどの株を所有している。
いわば、道明寺ホールディングスがオーナーで、俺はそこの日本支社長だ。
東京メープル直営のこのBarは俺がオーナーとも言える訳だ。
それを知らねぇなんてな。
まぁ、俺も1月に帰国したところで、日本での実績はないからな。
マスコミ関係もほとんどシャットアウトしている。
今は仕事に集中したい。
日本支社長就任の会見もニューヨーク本社で行い、帰国してからはFAXを流しただけだった。
一般庶民には、俺の顔は知れ渡ってないのかも知れねぇが、
それにしても、ここの店員で知らねぇ奴はきっといないはずだ。


はは・・笑える。
なんだ。
てことは、あいつ、本気で俺の誕生日を祝ってたってことか。
ありえねぇ。
ありえねぇんだけど、
なんだか、気分がいい。
こんな気持ちは久しぶり・・いや、初めてかも知れねぇ。


俺はついつい上機嫌になり、
「臼井、今日はロックでいいわ。」
そう言っていた。



 

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『牧野先生』からの落差に戸惑い中(汗)。
でも、ここで更新やめたら、もう書けなそう。
頑張るべし。(気合!)
  1. 俺の女
  2. / comment:4
  3. [ edit ]

「今日の業務はこれで終了です。」
西田にそう言われたのは、金曜日の22時15分前。

「今日は、この後、ご予定でも?」
プライベートについてこいつが口を挟んで来るのは珍しい。
俺は思わず、西田をじっと見ちまった。

「いえ、出過ぎたことを。失礼致しました。」
「いや、メープルに飲みに行くだけだ。」
俺が幼なじみの奴らに会う時は、その日の予定を組む都合上、当然俺のプライベートも西田が把握している。
今日は、自分の知らない予定があることに、西田が意外そうな顔をする。

それから、心得たといった表情をして、
「今週は仕事の処理が速く、助かりました。十分にリフレッシュを。」

西田の奴がどう思っているのかは知らねぇが、そう言われるほど、通常もチンタラと仕事をしているつもりはねぇ。しかし、最近は、いや、今日の俺は、23時までにBarに行くために、仕事をハイピッチで進めたという自覚はあった。


どうしてそれほど『The Classic』に行きたいと思うのか。
その理由が分からない程、俺は馬鹿じゃない。
今日はあの女の出勤日だ。
あの女に会いに行くことが、今日の俺の楽しみだった。

あの女に会ってどうする?
あの甘めぇ菓子を食ったことを伝える。
伝えてどうすんだ?
俺は何を期待してんだ?



会社を出て、俺は弾む気持ちでBarへ向かった。
あいつは23時までの勤務らしいが、時刻はすでに22時を回っていた。

店へ入り、臼井と目が合うと、臼井の視線が斜め前方を示した。
あの女が接客中だ。
注文を聞く仕草。
客の男の口元に少し耳を近付けている。
その様子にちょっとイラっと来る俺。
そこまで近づく必要あんのか?
その男に興味あんのか?
近づき過ぎだろーが。

そーいや、俺にはあんなことしてこねぇよな。
あぁ、そうか、俺は注文何てしねぇしな。
あぁ、そっか。そーいうことだな。
と一人で納得する俺。

すると、あの女がくるりとこちらを振り返った。
すぐに俺の存在に気付くかと思ったら、そうじゃねぇ。
臼井に向かって歩き出し、
「マスター、マティーニとマルガリータです。あと、フルーツの盛り合わせ出しますね。」
「了解。」
臼井が、ニヤリと笑って俺を見た。
なんだか、気に入らねぇな。


俺はドスンと女に一番近いカウンター席に座った。
「ひゃっ。」
という声。
女が俺を見た。
やっと気付いたか?

第一声は、
「あれ?今日も来られたんですか?」

なんだよそれ、どーいう意味だよ。
臼井がさらに笑っている。

「水曜日も飲まれたとか。飲み過ぎると肝臓痛みますよ。」

なんて心配をされた。
バカか、余計なお世話だっつーんだよ。
って、いや、俺が言いたいのはそーいうことじゃねぇ。
そーじゃなくって・・・

「おい、あの菓子。」
そう口に出した俺に、立ち去ろうとしていた女が振り返り、ぱっと明るい表情になった。

「食べてもらえました?」
「あぁ、サンキュ。」

その返事を聞いて、さらに笑顔が溢れる女。
おい、分かってんのか。
この俺が礼を言うなんて、かなりレアなんだぜ。


「あ~、良かったぁ。心配してたの。もしかして、捨てられちゃうのかな~って。いきなりプレゼントなんて、やっぱりちょっと怖いよねぇ。でも、お誕生日に何にもお祝いがないのも寂しいでしょ?歳くっただけだなんて、悲しいよね。だからねっ。って、やばっ。ため口になっちゃった。ごめんなさい。」

菓子を食ってもらえたことが相当嬉しかったのか、女が饒舌になり、いつの間にかため口になっていた。
いつも、俺の前では表情を崩さないようにしていたのか、俺に向けられる笑顔に嬉しくなる。
調子にのんじゃねーぞ思う反面、それも悪くねぇ気がする。

これが、俺が期待していた反応だと分かった。
俺はこの女に笑ってほしかったんだ。


「あっ、個室でしたね。ご案内します。」
そう言って、女が俺をいつもの部屋へ案内しようとした。

「いや、今日はここでいい。」
「へっ。」
「今日はここにする。」
「あっ、はい、畏まりました。」

女は首を捻りながらカウンターの中へ消えていき、またおしぼりをもって帰って来て俺の前に置くと、すぐにどこかへ行こうとした。

「おい。」
俺がすかさず呼び止める。
「はい?」
「注文聞かねぇの?」
「え?いつもの、じゃないんですか?」
女がチラッと臼井を見る。

まだまだ笑っている臼井。
「牧野さん、司君の注文聞いて。」
首をかしげながらも、
「ハイ。」
と返事をする女。

俺の前に立ち、ポケットから、オーダーシートを取り出した。

「どうぞ。」
と女が言う。

んん?さっきの客とはえれぇ違いだな。
何で近づいてこねーんだ?
耳を俺の口元に近づけるんじゃねーのか?


「どうぞ?」
と女がもう一度言った時、店内のピアノ演奏が始まった。
すると、女がに腰を落として、俺の顔の近くに耳を寄せてきた。

女の横顔がアップになる。
形のよい耳。
透き通るような白い肌。
黒目がちで大きな瞳。
赤い唇。
ちょっとドキドキする俺。

近付いてきた耳元にそっと囁いてみる。
「いつもの。ストレート。ダブルで。」

次の瞬間、目を更にデカくして、こっちを睨むこの女。


「いつもと同じじゃん!」


俺は腹を抱えて笑い出した。
面白れぇ。
面白れぇ女に出会った。



 

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