Happyending

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「お疲れ様です。」
「サンキュ。」

牧野が淹れてくれたコーヒーが目の前に置かれた。
コーヒーを淹れる特訓中だという牧野。
その指導はタマがしているらしい。

「どうですか?」
「旨い。」
「ちゃんと評価して下さい。」
「・・・ちょっと渋みが強いか。」
「そっかぁ、ちょっと蒸らしすぎちゃったかなぁ・・難しいなぁ。」

俺はコーヒーにはうるさい。
これまでは、邸ではタマが淹れてたし、会社では西田が淹れていた。
この二人は俺のコーヒーの好みを熟知している。
今は、専務秘書となった牧野がこの仕事を引き継いでいる。

だが・・・
ぶっちゃけると、牧野が淹れてくれるコーヒーはどれも旨い。
恋人が淹れてくれるコーヒーは味がどうのっていうレベルじゃなく、格別だ。
だけど、タマから「100回は入れないと坊ちゃん好みのコーヒーは淹れられないよっ!」と教え込まれている牧野は、俺からのアドバイスを聞きたくて、毎回質問攻めだ。
マジメっつーか、固いっつーか。
でもまぁ、俺の好みを覚えようとするこいつはやっぱ可愛いから、ついつい真面目に答えちまうんだよな。

そして、今、牧野が抱える一番大きな仕事がある。

「今日も邸に行くのか?」
「あ・・はい。14時に約束しています。」
「ちゃんと車使えよ。」
「・・・・。」
「返事は?」
「・・・はい。」

俺の秘書となった牧野は、午前中は資料の整理や、西田が調整する俺のスケジュールの最終調整なんかを担当している。メンバーや場所の確認を細部まで徹底する。分単位で動く俺の秘書は、少しのスケジュールミスも許されない。
そして、ここ最近は、午後は俺の誕生日パーティーの準備のため、世田谷の邸へ通っていた。
邸では、タマを始め使用人たちと、パーティーの打ち合わせをしているらしい。
その初日、「行ってきまーす」と張り切って出て行った牧野は、てっきり車で向かったのかと思っていたら、電車とバスを使ったらしく、挙句の果てに邸の正面玄関が見つからず、迷子になった。
昼の会食を終えた俺が、彼女が行方不明になったという知らせを聞き、すぐに報告が来なかったことに激ギレして大騒ぎになったのが、つい5日前のことだ。
結局、邸の敷地の西側にある小さな公園でブランコを漕いで足を休めているところを発見された。
彼女に言わせると、バス停を間違え、広大な敷地を約半周する羽目になったが、携帯地図を見ながらもう少しで着くと思っていたらしい。
実際、彼女が遅刻したのは15分程度ではあったのだが・・・。車であればとっくに着いているであろう時間に到着しなかったため、邸では行方不明とされてしまったらしい。それだけ、彼女は俺の恋人として重要視されてるってことでもある。

「もうっ。子供じゃないのに・・・」
「なんか言ったか?」
「・・・なんでもありません。」
「よし。」

俺がどんだけ焦ったと思ってんだ。
誰が何と言ったって、牧野の安全が第一だ。
仕事や対外面ではしっかりしている彼女だが、自分のこととなると途端にガードが下がるのは何でなんだ?
けれど、タマに言わせると、そんなガードの低い専務秘書の彼女は、邸では大人気だという。
俺がいない間に、一体何をしているのやら・・・

「今日は何をするんだ?」
「お邸で?」
「ああ。」
「むふふっ。」
「何だよ?」
「当日のお料理の試作チェックだって!!」

ぷっ。なるほど。
朝から楽しみにしている訳だ。
邸での準備内容について、牧野はあまり詳しくは語らない。
招待客のリストは西田がチェックしているが、受付の準備から始まり、食事や細かい接待まで、ほとんど全てが牧野とタマに任されている。
俺の誕生日だとは言え、本格的なビジネスの場だ。
こいつだってそれは十分に説明を受けている筈なんだが、牧野が楽しそうに準備している姿を見ると、俺の誕生日も捨てたもんじゃねぇなと思う。

「でも凄いよねぇ。自宅でパーティーって。奥のお庭とホールを解放して300人でしょ?」
「やりたくてやってる訳じゃねぇけどな。」
「また、そんなこと言ってぇ。お祝いしてもらえるだけ有難いでしょ。」

有難くなんかねぇっつーの。
でも、今年は、ビジネス以上の目的がある。
牧野をババァとオヤジに紹介する。
こいつにはまだ伝えてはいないが・・
西田もタマも心得ている。


「なぁ、今日は早めに帰るから、邸に残ってろよ?」

椅子から立ち上がり、牧野との合間を詰める。
牧野が一歩後ろに後退した。

「逃げんなよ。」
「仕事中っ!・・・うっ・・んんっ・・・」

すかさず牧野を捕まえて、ピンク色の唇にキスを一つ。
毎日のように牧野が邸に出入りしてるってのに、なかなか二人きりの時間が無いんだ。
少しは充電させろよな。

ついばむようなキスを繰り返し、牧野の口腔内へ舌を入れようとした時に、

__コンコン・・・とノックの音。


「専務、そろそろお時間です。」

西田の奴。
ちょっとは気を使えっつーの。

仕方なく腕を緩めると、牧野がはっと意識を戻して、
ハンカチを取り出した。

「会議に口紅付けて行ったら笑われちゃうよっ!」

別に俺は口紅が付いたままでも構わねぇし。
ゴシゴシと俺の唇を拭いている牧野の腕を掴み、腰を引き寄せて、首筋に顔を埋めた。

「あっ・・やっ!」

ぱっと手を離してやると、牧野の顔がむくれてる。

「ちょっとっ!」
「お守りだ。」
「何のよっ!」

彼女の首筋にキスマーク。
これ以上の牽制なんて無いだろ?

「あたしは、お邸に行くだけなのっ!!」

きゃんきゃん騒いでいる牧野の頭をポンと叩いて、
俺はビジネスモードに戻っていく。

充電は完了だ。



***



もうっ、専務ったらっ!

仕方なく乗せられたリムジンの中。
専務秘書になって、1週間になるあたし。
西田秘書室長に言わせると、あたしは専務の「ニンジン」なんだそう。
それって、どういうことよっ!と怒りそうになったけど、実際、専務の機嫌がいいと、西田室長を始め、同じく専務秘書の青木さんも白川さんも大喜びで、あたしに向かって「ありがとうございます!!」なんて言うものだから、いつの間にかあたしは「ニンジン」としての役割が出来てしまった。
決して馬鹿にされている訳じゃないの。
専務は本当に他人に隙を見せないというか、ビジネスモードに入った時には鬼神の様で、恐ろしい位の集中力を見せつける。
あたしだって、本気モードの専務には声を掛けることなんてできない。
あたしが声を掛けるのは、朝一の挨拶と仕事が一段落した時のコーヒータイムぐらいだ。
初日こそ一緒にランチなんて食べたけど、実際には専務にランチタイムなんて存在しなかった。
激務・・・の一言。

これだけの仕事をするのに、1日が24時間じゃ絶対に足りない。
それでも、あたしとの時間を作ってくれようとする専務には申し訳なくなっちゃうぐらい。
今日は早くお邸に帰るって言ってたな。
だけど、これまではほとんどが深夜帰りみたいで、あたし達は昼間オフィスで会うことはあっても、お邸で会うことは無かった。

もっと会いたい、一緒にいたい・・って思わない訳じゃない。
だけど、今はどちらかと言うと、専務の疲れが少しでもとれるように、優しくしてあげないな・・なんての思う。専務秘書になるまでは、これ程に忙しい人だなんて思ってもいなかったの。
12月のパーティーの帰りに送ってくれたことも、次の日に食事に誘ってくれたことも、あたしの誕生日に時間を作ってくれたことも・・今考えれば、凄いことだったんだって分かる。その時間を作るために、専務がどれほど頑張ったのか。
だから、あたしは、「ニンジン」というあたしにしかできない役目が結構嬉しい。
うぬぼれる訳じゃないけど、「お前がいると癒される」っていう専務の言葉は嘘じゃないと思っているから。


そんなことを考えていたら、いつの間にかお邸に到着していたみたい。
運転手さんがドアを開けてくれて、ぴょんと車から飛び出した。

「ほら、つくしっ。もっとお行儀よくしなっ!」

すかさず口を出したのはタマさん。

あちゃ、見られてたか・・・。

以前に会った時には、お行儀のいいおばあさんだなぁぐらいに思ってたんだけど、いざこのお邸に出入りしてみると、タマさんはここの使用人頭で、実は専務よりも偉いのかも?っていうぐらいに権力がある人だった。

秘書として初めて挨拶をした時、「このお邸では、あたしが法律だよ」って言われてびっくりしたなぁ。

でも本当はとても面倒見のいい人だ。
専務秘書であり、専務の誕生日パーティーを取り仕切る責任者として会社からやってきたあたしに対して、ビシビシと教育をしてくれる、ありがたい人。

専務が好きなコーヒーの銘柄から淹れ方、専務の性格、専務の昔話とか、たくさんのことを教えてくれる。
だから、あたしは、実はここに来るのが凄く楽しいんだけど・・・
ちょっとだけ苦手なのは、マナーとか礼儀作法の教育。
あたしはパーティーの裏方なんだし、マナーなんて最低限でいいと思うんだけど、使用人頭のタマさんからすると、専務秘書のあたしがお行儀が悪かったりすると専務に恥をかかせちゃうからという理由で、なぜか、テーブルマナーのチェックから始まり、茶道とか華道とか、ちょこちょことレッスンを受けさせられている。
毎日短時間ずつで、楽しくできているんだけどね。

服装だって、「なんだか垢抜けない秘書だねぇ」なんて言って、全身の採寸をさせられたし。もしかして、タマさんたちとお揃いのメイド服を作ってくれるのかも知れない。まぁ、いっか。


「今日は、試食の日ですよね!」
「そうだよ。けど、その前に、お前さんはダンスのレッスンだ。」
「だっ・・・ダンスっ!?」
「秘書なら、少しぐらいできないとダメだろう?」
「そうなんですか?秘書って言ってもあたし、パーティーでは裏方だし・・・」
「ダンス位は当然だよ。」
「・・嘘ですよね?」
「なんで、あたしが嘘なんて言うんだよ、バカ。」

バカって・・。
ここに来るようになってから、会場の下見とか、装飾の準備とか、いろいろ仕事はしている。
けどその他に、毎日一つずつ、レッスンっていうものが増えている気がするのは・・気のせい?
茶道、華道に始まって、次はダンスだよっ!
専務秘書って、大変なんだ。今まで、女性秘書がいなかったのは、専務が嫌がってたからってだけじゃないんじゃないのかなぁ。
けど、立派な専務秘書になるためには当たり前だっていうのならやるしかない。
きちんと出来るようになって、専務をびっくりさせてやるんだから!
だから、こんなレッスンを受けていることは専務には内緒。


「ほら、こっち。先生がお待ちかねだよ。」

お待ちかねって言われてもなぁ。
ダンスかぁ。
ちょっとつま先立ちとかしてみたけど・・出来る訳ないし。あは。

「ホントにバカだねぇこの子は。そりゃ、バレエだろうよ。ダンスって言ったら、社交ダンスだよ。社交ダンス!」

そう言ったタマさんが、杖をぱっと前に出し、片足を前に出して、くるっとその場で綺麗なターンを見せた。
タマさんの黒いメイド服がふわっと舞う。

「凄いっ!」
「ほれ、行くよ。」
「タマさん、一緒にレッスンしません?」
「やなこった。」


・・・・・・。

立派な専務秘書への道のりは・・・長そう。


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いつもたくさんの応援をありがとうございます(*^^*)
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Comments 2

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こんばんは~!

いつもたくさんの応援をありがとうございます。
司君のバースデーが近づいてきましたねぇ。
そして、頂いたリクエストも含め、書いてみたいなというお話はあるのですが、時間がない!困ったなぁ。
とりあえず短編で何か、っていっても後数日しかないなぁ。

スリ●様
お忙しそうですね~。私もバタバタしていました。今やっと自分のブログ見てみたら、あれ、アイキャッチ付いてないし、誤字が・・。直さなきゃなぁ・・と、がっくりです。ね、このレッスンは一体だれが仕組んだんでしょうか?そしてパーティーは無事に終わるでしょうか?ぼんやりと構想は作っていますが、最近はずっと書きながら考えているのと、今回は急ごうという気が無いので、ゆっくり行こうと思います。

H●様
甘々のまま行くか・・どこかでドスンと落とすか・・・(笑)。迷っております・・えへ。

次の更新は・・・うーん。明日は無理かな、頑張ったら夜?うーん。
バースデーのお話何か書きたいなぁ・・書けるかなぁ。
悩みは尽きません(笑)。でも、マイペースで行きますね。

ではでは、また、次の更新で!

2018/01/27 (Sat) 22:29 | EDIT | REPLY |   
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2018/01/27 (Sat) 07:20 | EDIT | REPLY |   

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