Happyending

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ザーッと、温かいシャワーを浴びた。
背中の傷に湯がしみて、その痛みに思わず顔を歪めた。
鏡を見ると背中に20センチ程度の傷跡が見えたが、大方の出血は止まっていた。
この程度なら、別に縫う必要もねぇ・・か。


さっきまでは気付かなかったが、体のあちこちに小さな傷もあるらしい。
身体中に小さな痛みを感じた。
だが、これは俺が生きてる証だ。
こんな痛みすら、ここ何年も感じていなかった。
荒れていた高校時代、意味もなく殴り合いをして、その痛みを感じることで自分が生きていることを確かめていた。そんな過去が懐かしく思い出される。

あんまり、成長してねぇな・・・

あれから何年も経ち、会社の副社長という地位にまで上り詰めたというのに、相変わらず根底はガキのままって訳だ。
痛みを感じなければ、自分が生きているのか死んでいるのかすらも分からない。

怒りや憎しみ以外の感情が欠落していたんだ。
つい先ほどまでは。

久しぶりに笑ったな。
笑うのなんていつ以来のことか。
唯一心を許せる幼馴染達とも、こんなに腹の底から笑い合ったことはなかった。


用意されたバスタオルを手に取ると、どうやら医院に備え付けの病衣と下着が用意されているのが見えた。
濡れた俺の洋服は誰かが洗濯へでも持ち去ったらしい。
残されたのは愛用のロレックス。そのサファイアガラスに派手な傷が入っていた。
これじゃ使いもんになんねぇな。
カチャッと洗面台に時計を置いた。
代わりはいくらでもある。
だが、着替えは車に乗せたままだった。

ふぅ・・と小さく溜息を吐く。

仕方なく用意された病衣を身に着けた・・が、
下着とズボンを履いたが、上衣のこれは何だ?
紐を結ぶようだが、どうやって着たらいいのかわかんねぇ。

戸惑っていたところへ、
「ちょっといい?」
と女の声が掛かった。

ああ、と返事をすると、まだ乾ききっていない真っすぐな黒髪の女がひょっこりと顔を出し、

「きゃっ!」
と言って、目を閉じた。

「何だよ。」
「上、着なさいよ!」
「着方が分かんねぇんだよ。」
「もう、バカねぇ。ちょっと後ろ向いて!」

俺が女に背中を向けると、女がソローッと脱衣所に入って来た。
それから、

「やだっ、やっぱり怪我してるじゃないの!」
と大声を出す。

「うるせぇ、騒ぐな。この程度の傷、大したことねぇよ。」
「バカッ。それはこっちが決めることよ!ばい菌が入ったら膿んじゃうんだから。」

バカバカ言いながら、女は慌てて飛び出して行く。
途中、いったぁ!とか言ってるところからして、お前こそ何か刺さった足は大丈夫なのかよと思って少し呆れた。









「消毒するからね。」

そう言って、俺からの返事も聞かずに消毒液をしみこませた綿をポンポンと傷口に叩く。

「痛ぇ。もうちょっと優しくしろ。」
「これ以上どうやって優しくするの?もう少しだから、我慢してね。」

この家に入った時から、ここが小さな医院であることは分かっていた。
だが、まさか、この俺がこんな古ぼけた医院で縫合されるとは・・・

俺の傷を診た爺さんは、この医院の先生だった。
そして、この女はここの看護師であり、助産師。
岩でできた裂傷だから綺麗に縫い合わせた方がいいと言われ、従うしかなかった。
しかも、麻酔薬を注射すると縫合層が合いにくくなるとか言って、縫合は無麻酔。
「この傷の方が、縫合より余程痛いよ」なんて言われたが、実際縫われてみればめちゃくちゃ痛かった。
爺さん、酔っぱらって麻酔が面倒くさかっただけじゃねぇのか?

「我慢できなくなったら私の手を握って下さい」なんて言いながらこの女が見守っている手前、痛ぇ、痛ぇと大騒ぎするわけにもいかず、縫合中は無言で耐えた。


最後に大きなテープが背中に貼られ、

「ごめんね。」

女の手が俺の背中に置かれた。
その手が置かれただけで痛みが和らぐから不思議だった。

「別にいい。気にすんな。」
「でも・・・。」

俺の前には鏡があった。
その鏡越しに女の顔が見えた。
申し訳なさそうにしているこの女が、海で俺が助けた女。
自殺未遂だと思い込んで、俺を助けようとした女だ。
一体どっちが助けて助けられたのか、よく分かんねぇけど。

看護師と言う職業柄なのか、ずいぶんお節介な女らしい。
その女が、甚平という服を俺に着せてくれた。
「甚平、着たこと無いんだ?」なんて笑いながら。

俺は普段、メイドにも着替えを任せることなんてしない。
女にベタベタ触られると思うだけで気分が悪くなる。
なのに・・・俺はどうしたんだ?


「背が高いのね。ここは産科なんだけど、この辺に病院はここぐらいしかないから病人は何でも診るの。風邪をこじらせた人とか、怪我人とかもね。時々男の人が運ばれてきたりするんだけど、たいていこのサイズでいけるんだけどなぁ。あなたには小さすぎたわ。」

女は俺の姿を見てちょっと笑ってから、急に真顔になった。

「本当に、ごめんなさい。勘違いだったとはいえ、あなたにこんな傷を負わせてしまうなんて。」
「だからもういいって言ってるだろ?」
「だけど、これから用事があったんじゃないの?」
「・・・・・。」
「んん?」

「用事なんかねぇよ。一人旅だ。」

どう答えるか迷った挙句、事実を話していた。
なんか照れくせぇ。
いい歳した男が、何が『一人旅』だよ。

だが予想に反して、女は嬉しそうな顔をした。

「そうなの?良かった。じゃあ、ここにゆっくりしていったらいいね。先生もね、ここに泊めてあげなさいって。一日1回は消毒しなきゃいけないし、抜糸には1週間ぐらいかかるの。離れに弟の部屋があるから、そこで一緒でいい?夕食まだでしょ?たくさんあるから、食べて、食べて!!」

矢継ぎ早にペラペラと話をして、俺の腕を引く。
その手は温かかった。
廊下にでると、やはり足が痛む様で、左足をついたとたんに女は顔を歪めた。

「背中乗るか?」

思わず聞いちまった俺に対して、

「大丈夫。石が足に刺さってただけで、さっき取ったから。それに、その怪我でおんぶなんて、無茶しないでよね。着替えようとして服を見たら、あなたの血が付いててびっくりしたんだから!」

キッと睨んでくる女が、ぷっと笑った。
くるくる変わる表情に引き付けられる。


美人でもなんでもねぇ。
だけど、何となくホッとする。
田舎もんだからなのか・・いや・・きっとそうじゃねぇ。
俺の正体を知らない女。
嘘や偽りがないホンモノの笑顔だったから、柄にもなく冷えた心に響いたんだと思う。


今、この時間、この場所では、
俺は道明寺財閥の後継者じゃない。

道明寺司という、ただの男。
そんな俺のことも、大切にしてくれる人間がいた。

そのことが素直に嬉しくて、
俺は自然と聞いていた。


「お前、名前は?」

「私?あ、自己紹介まだだったね。私は、牧野つくし。あなたは?」

「・・・道明寺司だ。」

「よろしくね、道明寺さん!」


俺が初めて自分から知りたいと思った女の名前は、
『牧野つくし』という、一風変わった名前だった。


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Comments 6

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こんばんは~。 2

花●様
いい雰囲気ですよね。これが恋なのか・・何なのか・・(笑)。
焦れ焦れしながら進んでいくと思われます( ´艸`)
 
あ●様
坊ちゃんをキズモノにしてしまいました~。こりゃ、責任取らねばです!
そうそう、これは以前に予告していた鬼畜ではありません。鬼畜は短編でそのうち書こうかなと思っていますが・・なんか、怖すぎる感じで・・(;^_^A 二人の夏休みを書いていたら、ふーっとこんな世界が広がって、こんなお話もいいかなぁ・・と思ったら、書き始めちゃいました!
うしし・・37.5巻・・・近所のT●YAさんでも配られるみたい・・。これ、買うしかなくないですか!おまけのために!!明日、予約しようかな・・ちょっと恥ずかしいけど・・(;^_^A っていうか、予約ってできるのかなぁ・・。


明日は更新がむずかしいです。
木曜日の朝に、続きをアップします。
気長にお付き合いいただけると嬉しいです。

2018/03/20 (Tue) 23:45 | EDIT | REPLY |   
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こんばんは~。

いつもたくさんの応援をありがとうございます!
もうこんな時間かぁ・・。明日は更新できそうにないです。やる気は十分なのに・・ごめんなさい。

スリ●様
今後の心配・・たぶん、しなくて大丈夫ですよ!うん。ただ、恐らくなんですが、かなりな長編なんですよ。端折らなければ・・(;^_^A なので、お話の雰囲気がじれったいというか( ´艸`)。俺の女が終わってから、ずっと短めを意識してきたんですけどね。でも、これ程明確に道筋が頭に沸いているお話は、『初恋』以来かも知れません。そんな訳で結構今は、やる気あり!なんです(笑)。

さと●様
無麻酔で縫合(笑)。爺さん先生、老眼鏡使って縫合したのかな・・とか書きながら笑ってました。司の背中ですからね~!綺麗に縫ってもらわないと!!抜糸まで1週間、どんなお話になるのでしょう。逆算してちゃんとお話を作らなきゃ(笑)。妄想だけでは書けないんですよね(笑)。

2018/03/20 (Tue) 23:37 | EDIT | REPLY |   
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2018/03/20 (Tue) 23:09 | EDIT | REPLY |   
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2018/03/20 (Tue) 08:51 | EDIT | REPLY |   
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2018/03/20 (Tue) 08:35 | EDIT | REPLY |   
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2018/03/20 (Tue) 08:14 | EDIT | REPLY |   

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