さよなら、大好きな人 2
8年前、俺はすぐに日本に戻り、牧野のアパートを訪ねた。
一時期は道明寺邸で花嫁修行をしていた牧野だったけど、NYで司の親父さんの葬儀に出席した後は、司の反対を押し切る形で、2DKのアパートでひっそりと暮らしていた。弟や両親に心配されるのは嫌だからと実家には戻らなかった。
きっとあの時から、牧野の中で覚悟はできていたんだ。
「司から聞いたよ。」
アパートのドアが開いてすぐにそう切り出した俺に、牧野は「うん」と寂しそうに笑った。
誰よりも幸せになって欲しいのに、なんて悲しそうに笑うんだ。
その表情が切な過ぎて.......胸にグッと込み上げる何かを、俺は拳を握りしめて堪えた。
「こんな時になんで笑うの?」
「何でかな.....なんだか可笑しいの。だって、どんなに頑張っても、あたしって幸せになれないんだなって思ったら、逆に可笑しくなるの。」
「バカ。そういう時は泣けばいいんだ。」
牧野がギュッと下唇を噛んだ。
その顔が、NYで見た司の悔しそうな表情と重なって見えた。
「泣きたいけど...泣きたくないの。あいつは、道明寺は誰かの前で泣いたりできないでしょ?だからあたしも泣かない。」
人前では泣かない。
それは、司も泣けないから。
どんなに辛くても、司は弱い姿を他人に見せられない。
そんな司が唯一安らげるのは、牧野と一緒の時だけだったんだ。
二人の絆はこんな状況に至ってまでも強くて...
ねぇ、牧野。
俺はどうすればいい?
どうすれば、君を幸せにできるの?
だけど、どんなに考えても、今でもその答えは見つからない。
どうすれば俺の手で彼女を幸せにしてあげられるのか...?
「弟が怪我したんだって?」
「道明寺に聞いたの?」
「リハビリ中だって。」
「そうなの。でも大丈夫だよ。来月には退院できそう。」
「そうなんだ。良かった。」
「うん。」
それ以上、会話が続かなかった。
俺は本当に、あの時、どうすれば良かったんだろう。
彼女を抱きしめて、「ずっと側にいるから、俺に甘えて・・」と、そう伝えていたら、すぐに牧野を幸せに出来たんだろうか?
いや、たぶん、それは違う。
俺がすべきことは司の代わりになることじゃない。
あんな強烈な幼馴染の代わりになれる奴なんて存在しない。
だから、俺は俺らしい方法で、彼女を幸せにしなきゃならない。
「ねぇ、牧野はこれからどうするつもり?」
「んー、まだ決めてない。弟が退院したら就職活動・・かな。」
司の邸を出てからも、こっそりとバイトをして暮らしていた。
司の婚約者という立場は世間に知れ渡っていて、一般企業への就職は難しかったから。
だけど、別に働かなくたって、司からは有り余るほどの金が牧野名義の口座に振り込まれていた筈だ。
けれど、牧野はその金に手を付けることは無かった。
婚約解消に当たっても、牧野は何も要求しなかったらしい。
当たり前だ。
彼女が欲しいものは、“道明寺司”という男そのものだったんだから。
「何か、俺に出来ることはないかな?」
どんなに小さなことでも、彼女が望むことをしてあげたいと思った。
だけど、牧野の顔は悲しく歪んだ。
「ないよ。何もない。一人で大丈夫だから。」
「なんでもいいんだ。どんな我が儘でも聞いてあげるから。」
「類…。」
君にために、何かがしたい。
大好きな君のために。
出来る事なら、君の側で支えたい。
それを望むことはないだろうと分かっているけど。
牧野はしばらく黙っていた。
簡単に誰かを頼るような女じゃない。
けれど、ふっと思いついたように話し出したんだ。
きっと、どうせ無理だと思ったんじゃないかな。
何となく、そんな気がした。
「そうだ、あのね…」
「うん。」
「誰も何も知らないところに行きたいなぁ。あたしのことも、道明寺のことも、誰も何にも気にしないところに行きたい。」
この日本では、司と婚約会見までした牧野の名前も顔も知れ渡っている。
いや、日本中が、世界中が注目した世紀のカップルだったんだから当然だ。
どこに行っても誰かが気づき、その誰かの何気ない言葉が彼女を傷つけるだろう。
牧野もそれを恐れてる...と感じた。
「それに.....できることなら、何にも情報が入ってこないところに行きたい。」
「牧野.....?」
「そんなところ、あると思う?」
「どうして.....?」
誰も二人のことを知らないところ。
そして、司の情報も入ってこないところ。
現代社会には情報が溢れてる。
テレビもネットも歩行中の街中にさえ、司の情報はいち早く拡散する。
「だって、怖いよ。これからあいつはどうなるの?」
牧野の体がガタガタと震え出した。
唯一の拠り所を無くした司が、この先どうなるのか?
司の会社がどうなるのか?
相変わらずだ。
牧野には責任なんて一つもないのに、いつも自分の事より他人のことを心配してる。
「あいつに幸せになって欲しいのに、あたしが幸せにしてあげたかったのに...。」
ごめん、牧野。
司は...きっと幸せにはなれない。
どんな名家の令嬢と結婚したとしても、会社が盛り返したとしても、たぶん幸せにはなれない。
あんたがどんなに心配しても、たぶん。
「ねぇ、類。あたしは、あいつのために何ができる?ねぇ、どうしてあたしは何もできないの?ねぇ....あたしはっ...」
泣きそうなのに泣かない牧野。
この時になって初めて、俺は司が俺に牧野を託した意味が分かったような気がした。
例え自分が不幸になったとしても、彼女の笑顔だけは守りたい。
そう思ったんだろ?
ねぇ、司、そうだよね。
「牧野っ」
震え続ける細い体を抱きしめた。
「泣いて、牧野。泣いていいんだ。」
泣かなきゃだめだ。
辛い時、悲しい時は一層。
でなきゃ、先に進めない。
笑顔も取り戻せないから。
「あぁーっ、うわぁーっ、うっ、くっ、うわぁーっ」
牧野が大声で泣き出ながら、俺の胸を叩く。
「なんでっ!道明寺っ...うっ.....うわぁーっ.....わぁーっ...」
夜中のアパートに、牧野の泣き声が響いた。
俺は彼女の背中をトントンと撫でながら思っていた。
牧野。
これだけは許して欲しい。
俺はずっと君のそばにいるよ。
君が笑顔になる、その日まで。

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一時期は道明寺邸で花嫁修行をしていた牧野だったけど、NYで司の親父さんの葬儀に出席した後は、司の反対を押し切る形で、2DKのアパートでひっそりと暮らしていた。弟や両親に心配されるのは嫌だからと実家には戻らなかった。
きっとあの時から、牧野の中で覚悟はできていたんだ。
「司から聞いたよ。」
アパートのドアが開いてすぐにそう切り出した俺に、牧野は「うん」と寂しそうに笑った。
誰よりも幸せになって欲しいのに、なんて悲しそうに笑うんだ。
その表情が切な過ぎて.......胸にグッと込み上げる何かを、俺は拳を握りしめて堪えた。
「こんな時になんで笑うの?」
「何でかな.....なんだか可笑しいの。だって、どんなに頑張っても、あたしって幸せになれないんだなって思ったら、逆に可笑しくなるの。」
「バカ。そういう時は泣けばいいんだ。」
牧野がギュッと下唇を噛んだ。
その顔が、NYで見た司の悔しそうな表情と重なって見えた。
「泣きたいけど...泣きたくないの。あいつは、道明寺は誰かの前で泣いたりできないでしょ?だからあたしも泣かない。」
人前では泣かない。
それは、司も泣けないから。
どんなに辛くても、司は弱い姿を他人に見せられない。
そんな司が唯一安らげるのは、牧野と一緒の時だけだったんだ。
二人の絆はこんな状況に至ってまでも強くて...
ねぇ、牧野。
俺はどうすればいい?
どうすれば、君を幸せにできるの?
だけど、どんなに考えても、今でもその答えは見つからない。
どうすれば俺の手で彼女を幸せにしてあげられるのか...?
「弟が怪我したんだって?」
「道明寺に聞いたの?」
「リハビリ中だって。」
「そうなの。でも大丈夫だよ。来月には退院できそう。」
「そうなんだ。良かった。」
「うん。」
それ以上、会話が続かなかった。
俺は本当に、あの時、どうすれば良かったんだろう。
彼女を抱きしめて、「ずっと側にいるから、俺に甘えて・・」と、そう伝えていたら、すぐに牧野を幸せに出来たんだろうか?
いや、たぶん、それは違う。
俺がすべきことは司の代わりになることじゃない。
あんな強烈な幼馴染の代わりになれる奴なんて存在しない。
だから、俺は俺らしい方法で、彼女を幸せにしなきゃならない。
「ねぇ、牧野はこれからどうするつもり?」
「んー、まだ決めてない。弟が退院したら就職活動・・かな。」
司の邸を出てからも、こっそりとバイトをして暮らしていた。
司の婚約者という立場は世間に知れ渡っていて、一般企業への就職は難しかったから。
だけど、別に働かなくたって、司からは有り余るほどの金が牧野名義の口座に振り込まれていた筈だ。
けれど、牧野はその金に手を付けることは無かった。
婚約解消に当たっても、牧野は何も要求しなかったらしい。
当たり前だ。
彼女が欲しいものは、“道明寺司”という男そのものだったんだから。
「何か、俺に出来ることはないかな?」
どんなに小さなことでも、彼女が望むことをしてあげたいと思った。
だけど、牧野の顔は悲しく歪んだ。
「ないよ。何もない。一人で大丈夫だから。」
「なんでもいいんだ。どんな我が儘でも聞いてあげるから。」
「類…。」
君にために、何かがしたい。
大好きな君のために。
出来る事なら、君の側で支えたい。
それを望むことはないだろうと分かっているけど。
牧野はしばらく黙っていた。
簡単に誰かを頼るような女じゃない。
けれど、ふっと思いついたように話し出したんだ。
きっと、どうせ無理だと思ったんじゃないかな。
何となく、そんな気がした。
「そうだ、あのね…」
「うん。」
「誰も何も知らないところに行きたいなぁ。あたしのことも、道明寺のことも、誰も何にも気にしないところに行きたい。」
この日本では、司と婚約会見までした牧野の名前も顔も知れ渡っている。
いや、日本中が、世界中が注目した世紀のカップルだったんだから当然だ。
どこに行っても誰かが気づき、その誰かの何気ない言葉が彼女を傷つけるだろう。
牧野もそれを恐れてる...と感じた。
「それに.....できることなら、何にも情報が入ってこないところに行きたい。」
「牧野.....?」
「そんなところ、あると思う?」
「どうして.....?」
誰も二人のことを知らないところ。
そして、司の情報も入ってこないところ。
現代社会には情報が溢れてる。
テレビもネットも歩行中の街中にさえ、司の情報はいち早く拡散する。
「だって、怖いよ。これからあいつはどうなるの?」
牧野の体がガタガタと震え出した。
唯一の拠り所を無くした司が、この先どうなるのか?
司の会社がどうなるのか?
相変わらずだ。
牧野には責任なんて一つもないのに、いつも自分の事より他人のことを心配してる。
「あいつに幸せになって欲しいのに、あたしが幸せにしてあげたかったのに...。」
ごめん、牧野。
司は...きっと幸せにはなれない。
どんな名家の令嬢と結婚したとしても、会社が盛り返したとしても、たぶん幸せにはなれない。
あんたがどんなに心配しても、たぶん。
「ねぇ、類。あたしは、あいつのために何ができる?ねぇ、どうしてあたしは何もできないの?ねぇ....あたしはっ...」
泣きそうなのに泣かない牧野。
この時になって初めて、俺は司が俺に牧野を託した意味が分かったような気がした。
例え自分が不幸になったとしても、彼女の笑顔だけは守りたい。
そう思ったんだろ?
ねぇ、司、そうだよね。
「牧野っ」
震え続ける細い体を抱きしめた。
「泣いて、牧野。泣いていいんだ。」
泣かなきゃだめだ。
辛い時、悲しい時は一層。
でなきゃ、先に進めない。
笑顔も取り戻せないから。
「あぁーっ、うわぁーっ、うっ、くっ、うわぁーっ」
牧野が大声で泣き出ながら、俺の胸を叩く。
「なんでっ!道明寺っ...うっ.....うわぁーっ.....わぁーっ...」
夜中のアパートに、牧野の泣き声が響いた。
俺は彼女の背中をトントンと撫でながら思っていた。
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