たとえば、こんな・・・ 5
「類とフランスに行くと聞いたんだが。」
考え込む牧野に、俺は唐突に切り出した。
いや、正直に言えば、裏の世界のことなんて実は大して心配していなかった。
道明寺の権力を使えば、牧野一家の安全を保障することなど容易かったから。
こじれるようならあきらに頼めば一発だろう。
それよりも、俺が気になっていたのは、このことだ。
「え?類.....いえ、花沢専務がそう言ったんですか?」
「ああ。」
パーティーの時から分かっていたが、彼女はあいつを『類』と呼ぶ。それはとても親密に聞こえ、大学の先輩後輩以上の関係を想像させた。
だとしたら、どうする?
少なくとも類は、彼女をフランスに誘っている。
俺は自分を落ち着かせようと、もう一度コーヒーを口にした。
すると牧野も姿勢を正し、紅茶を一口含んだ。
ゆっくりと飲み下してから、彼女はしっかりと俺に視線を合わせた。
「誤解です。“メゾンの仕事をみるのも勉強になる”と誘われたのは事実ですが、返事はまだしていなくて。」
類の言った通りだ。
『まだ返事待ちなんだけどね。』
あいつは確かにそう言っていた。
「迷ってるのか?」
「.........はい。」
「何故?」
牧野が黙ってしまう。
答えにくい...ってことなのか?
「類と付き合ってるんじゃないのか?」
これが、一番知りたかったことかも知れない。
かといって、例え答えがYESだったとしても、俺のとるべき道は決まっていたのだが。
「......違います。そういう風に誤解されることもあるみたいですが。」
「誤解?」
「花沢専務は、英徳大学の先輩です。」
「けど、類はお前をフランスに誘った。その意味は分かるだろう?」
分からないってことは無いだろう。
あいつだって花沢の後継者だ。
無責任に女を誘う筈がない。
「.............。」
「どうした?」
「類...いえ、専務に誘われたのではなく、フランス支社から招かれたのであれば喜んで行ったと思います。でも、専務は個人的に誘ってくれた。嬉しいけど、でも....そうやって人に甘えるのはどうなんだろうって...。」
俺の中に広がる安堵。
少なくとも、牧野は類に恋愛感情を持っている訳じゃない。
フランス行きを迷っているのは、類との距離を考えてのことだ。
だが、そうなるとまた疑問が生じた。
「男に頼って生きていくのは嫌ってことか?」
「そういう訳でもなくて.....」
「類以上の男なんてなかなかいないだろ?」
俺が言うのも変な話だが、
実際類に誘われて、断る女はいるだろうか?
牧野はうつむきがちになっていた顔をパッと上げた。
俺と牧野の視線が絡んだ。
「何だ?」
「類と一緒にいれば幸せになれるんだろうなって思うんです。でも...」
「でも?」
「それでいいのかなって思う自分もいて。」
クソ真面目な女だと思った。
花沢物産の後継者、そんな男と結婚すれば、何不自由ない生活が保障されるというのに。
しかも、大学時代からずっと仲がいいのなら、尚更だ。
なのに、そのぬるま湯に浸るような関係に疑問を抱いているのか?
男に言われるがままの自分は納得できないのか?
だとすれば、彼女を手に入れるためには、やはりこれしかない。
「でも、今となっては返事をしていなくて良かったと思います。」
「どうして?」
「だって、こんなことになって......。家族をおいてフランスだなんて、ありえませんから。」
牧野が唇を噛んだ。
その姿を見れば、「本当は類と行きたいんじゃないのか?」と問い詰めそうになる。
俺はぐっと拳を握り、なんとかその感情を逃がした。
行かせない。
その代わり、俺がお前を守ってやるから。
だから・・・
「牧野つくし、お前に提案がある。」
たぶん、今夜彼女を助けた時から、
俺の中にはこのセリフがあったような気がする。
「提案ですか?」
聞き返してくる牧野は全く警戒心を抱いていない。
呆れるぐらいに無防備な女。
「取引をしないか?」
「取引......って?」
予想外だったんだろう、意味が分からないというように、牧野はきょとんと首を傾げた。
そんな姿は28という年齢よりもずっと幼く見えた。
この時なら、まだ引き返せた。
彼女がもっと警戒したら、俺を訝しげに見つめたら、
そうしたら言うのを止めたかも知れない。
けれど、彼女の瞳は純粋だったから。
俺を信用しきっているのが分かったから。
勝算が見えた。
だから、後戻りはしなかった。
「俺は、お前とお前の家族の安全を保障する。」
「.......え?」
彼女は目を丸くした。
だが、すぐにその表情を引き締め、ゴクリと息を飲んだ。
「その代わりにお前は.....」
牧野はギュッと膝の上で拳を握った。
何を言われると思ってる?
見返りに体を要求されるとでも?
勘違いするなよ。
俺が欲しいのは体じゃない。
それは欲しいものの一つではあるが、それだけじゃない。
俺が欲しいものは・・・
朝も、昼も、夜も、俺の傍にいてくれる存在。
「俺の妻にならないか?」
牧野には選択肢はないと分かっていた。
自分に厳しく、他人に優しい。
家族や会社のことを考えれば、こいつは俺の手を取るしかない。
それに、今聞いた牧野の話も、俺にそう確信させていた。
類の誘いに迷うような真面目な女は、簡単に結婚を決めることは無いだろう。
けれど、自分以外の誰かのためなら...?
きっと、自分の人生を犠牲にすることも厭わない。
そんな、純粋で優しい彼女の心に付け込んだ。
___契約結婚
こいつが他の誰かにものになるのは許せない。
だから、こいつがどう思おうが、俺が手に入れる。
彼女を手に入れるタイミングは、類がいないこの時以外になかった。

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考え込む牧野に、俺は唐突に切り出した。
いや、正直に言えば、裏の世界のことなんて実は大して心配していなかった。
道明寺の権力を使えば、牧野一家の安全を保障することなど容易かったから。
こじれるようならあきらに頼めば一発だろう。
それよりも、俺が気になっていたのは、このことだ。
「え?類.....いえ、花沢専務がそう言ったんですか?」
「ああ。」
パーティーの時から分かっていたが、彼女はあいつを『類』と呼ぶ。それはとても親密に聞こえ、大学の先輩後輩以上の関係を想像させた。
だとしたら、どうする?
少なくとも類は、彼女をフランスに誘っている。
俺は自分を落ち着かせようと、もう一度コーヒーを口にした。
すると牧野も姿勢を正し、紅茶を一口含んだ。
ゆっくりと飲み下してから、彼女はしっかりと俺に視線を合わせた。
「誤解です。“メゾンの仕事をみるのも勉強になる”と誘われたのは事実ですが、返事はまだしていなくて。」
類の言った通りだ。
『まだ返事待ちなんだけどね。』
あいつは確かにそう言っていた。
「迷ってるのか?」
「.........はい。」
「何故?」
牧野が黙ってしまう。
答えにくい...ってことなのか?
「類と付き合ってるんじゃないのか?」
これが、一番知りたかったことかも知れない。
かといって、例え答えがYESだったとしても、俺のとるべき道は決まっていたのだが。
「......違います。そういう風に誤解されることもあるみたいですが。」
「誤解?」
「花沢専務は、英徳大学の先輩です。」
「けど、類はお前をフランスに誘った。その意味は分かるだろう?」
分からないってことは無いだろう。
あいつだって花沢の後継者だ。
無責任に女を誘う筈がない。
「.............。」
「どうした?」
「類...いえ、専務に誘われたのではなく、フランス支社から招かれたのであれば喜んで行ったと思います。でも、専務は個人的に誘ってくれた。嬉しいけど、でも....そうやって人に甘えるのはどうなんだろうって...。」
俺の中に広がる安堵。
少なくとも、牧野は類に恋愛感情を持っている訳じゃない。
フランス行きを迷っているのは、類との距離を考えてのことだ。
だが、そうなるとまた疑問が生じた。
「男に頼って生きていくのは嫌ってことか?」
「そういう訳でもなくて.....」
「類以上の男なんてなかなかいないだろ?」
俺が言うのも変な話だが、
実際類に誘われて、断る女はいるだろうか?
牧野はうつむきがちになっていた顔をパッと上げた。
俺と牧野の視線が絡んだ。
「何だ?」
「類と一緒にいれば幸せになれるんだろうなって思うんです。でも...」
「でも?」
「それでいいのかなって思う自分もいて。」
クソ真面目な女だと思った。
花沢物産の後継者、そんな男と結婚すれば、何不自由ない生活が保障されるというのに。
しかも、大学時代からずっと仲がいいのなら、尚更だ。
なのに、そのぬるま湯に浸るような関係に疑問を抱いているのか?
男に言われるがままの自分は納得できないのか?
だとすれば、彼女を手に入れるためには、やはりこれしかない。
「でも、今となっては返事をしていなくて良かったと思います。」
「どうして?」
「だって、こんなことになって......。家族をおいてフランスだなんて、ありえませんから。」
牧野が唇を噛んだ。
その姿を見れば、「本当は類と行きたいんじゃないのか?」と問い詰めそうになる。
俺はぐっと拳を握り、なんとかその感情を逃がした。
行かせない。
その代わり、俺がお前を守ってやるから。
だから・・・
「牧野つくし、お前に提案がある。」
たぶん、今夜彼女を助けた時から、
俺の中にはこのセリフがあったような気がする。
「提案ですか?」
聞き返してくる牧野は全く警戒心を抱いていない。
呆れるぐらいに無防備な女。
「取引をしないか?」
「取引......って?」
予想外だったんだろう、意味が分からないというように、牧野はきょとんと首を傾げた。
そんな姿は28という年齢よりもずっと幼く見えた。
この時なら、まだ引き返せた。
彼女がもっと警戒したら、俺を訝しげに見つめたら、
そうしたら言うのを止めたかも知れない。
けれど、彼女の瞳は純粋だったから。
俺を信用しきっているのが分かったから。
勝算が見えた。
だから、後戻りはしなかった。
「俺は、お前とお前の家族の安全を保障する。」
「.......え?」
彼女は目を丸くした。
だが、すぐにその表情を引き締め、ゴクリと息を飲んだ。
「その代わりにお前は.....」
牧野はギュッと膝の上で拳を握った。
何を言われると思ってる?
見返りに体を要求されるとでも?
勘違いするなよ。
俺が欲しいのは体じゃない。
それは欲しいものの一つではあるが、それだけじゃない。
俺が欲しいものは・・・
朝も、昼も、夜も、俺の傍にいてくれる存在。
「俺の妻にならないか?」
牧野には選択肢はないと分かっていた。
自分に厳しく、他人に優しい。
家族や会社のことを考えれば、こいつは俺の手を取るしかない。
それに、今聞いた牧野の話も、俺にそう確信させていた。
類の誘いに迷うような真面目な女は、簡単に結婚を決めることは無いだろう。
けれど、自分以外の誰かのためなら...?
きっと、自分の人生を犠牲にすることも厭わない。
そんな、純粋で優しい彼女の心に付け込んだ。
___契約結婚
こいつが他の誰かにものになるのは許せない。
だから、こいつがどう思おうが、俺が手に入れる。
彼女を手に入れるタイミングは、類がいないこの時以外になかった。
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