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Happyending

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俺があいつの存在を知ったのは、英徳の図書館だった。

ガキの頃から一流の家庭教師に英才教育を叩き込まれていた俺たちは、特に学校の授業を受ける必要性を感じていなかったから、それぞれ適当に登校し、昼時になるとカフェに集まるってのがなんとなくの決まりになっていて、それ以外は四人つるんでいることもあれば単独行動していることも多かった。
総二郎とあきらは午後にはほぼいなくなり、類もどっかで寝ていたようだ。俺はというと、邸に帰ればガキの頃から世話を焼いてくれてる婆さんがグチグチうるせぇってこともあって、校内で時間を潰していた。

そんな俺が授業中によく通っていたのが図書館。
授業中に図書館にいるヤツなんて、当然だが俺以外にいない。
総二郎たちみたいに夜遊びに嵌ることもなかった俺は、図書館の奥にお気に入りのメーカーのリクライニングソファーを置かせ、俺専用のスペースを作っていた。
気に入った曲をイヤフォンで聞きながら、適当に持ち込んだ雑誌や小説を読む。
そこは、四方を壁と本棚に囲まれ、覗き込まれない限りは他人から見えることのない場所で、歩く先々で女たちの悲鳴が起こることに嫌気がさしていた俺にとっては、誰にも邪魔されない唯一の場所とも言えた。



初めて見かけたのは、秋だった。
英徳では毎年、全校生徒を対象とした海外学習が行われる。
その年は、確か、ウイーンでオーケストラ、パリでオペラを鑑賞する芸術鑑賞旅行が組まれていた。
俺がそんなもんに参加するはずはなかったが、かといって邸にいれば家庭教師に臨時の授業を入れられるのは分かりきっていたから、逃げるように学校に向かい、図書館で寛ぐことにした。

誰もいないだろうと思っていた。
だが、窓際の大きなテーブルに女が座っていた。
英徳の制服を着ているからうちの学生であることは間違いねぇ。
ほとんどの奴らが旅行に行ってるはずなのに、どうしてこいつはここにいるのか?
俺と同じようにサボリ?
そんなことを考えていた時に、カツン...と予想以上に大きく俺の革靴の靴音が響いた。

パッと顔を上げた女が、「あっ...」と目を見開いたが、すぐに視線を戻し俯いた。
そのビクついた態度がなんとなくムカついて、俺はそいつが座るテーブルに足を進めた。

「よぅ」
「.........はい?」

ゆっくりと俺を見上げたのは、黒くてでけぇ瞳だった。

「何やってんだ?」
「何って.....先生から出されてる課題。」
「課題?」
「あたしは、芸術鑑賞旅行なんて行けないから。」

そしてまたプイっと下を向く。
意味が分からなかった。
行けないって何だ?行かないんじゃなくて?
旅行に行かない代わりに課題なんてあるのかよ。
少なくとも俺は課されてねぇ。まぁ、そもそもガッコの課題なんてしたことが無かったが。

彼女はそのまま、俺になんて興味ねぇって感じで、数学の問題を解き始めたから、俺もいつものソファーに座って雑誌を読んだ。


次の日も、そいつは俺より早くからそこにいて課題をやっていた。
俺はこっそりと自分専用のスペースに入り、イヤフォンを着けずに様子を伺っていた。
カツカツカンカンと力強く文字を書く音、時々漏れるふぅ...という溜息、んーっ...と伸びをする声が聞こえるのを、俺は耳を澄まして聞いていた。自分がどうしてそんなことをしているのか、自分でも不思議だった。

あいつは俺がこのスペースにいることを知らなかったようだ。
俺は、本棚の本を数冊避けるとちょうど女の横顔を見ることができたが、あっちからは俺の様子は伺えない。

グゥゥ.....

「ひゃっ、お腹鳴っちゃった。」

ガタン.....カタカタ......ゴトッ......カパッ

妙な物音に、こそこそっと動き本をずらした俺。
そっと覗くと、そこには、満面の笑みで弁当を開く女の姿。

完全に一人だと思っているんだろう。「いっただっきまーす」と言うが早いか、何かを口に運び出す。
てか.....英徳で弁当なんて食ってるやつ初めて見た。
なんとなく興味を引かれて、つい、近づいてみたんだ。

.....カツン

またしても俺の靴音に体を固くして、恐る恐る俺を見上げてくる。
大きな瞳に俺が映った。
じっくり見ると、その女は長い髪を二つに分けてぎっちりと編み込むという不思議な髪型をしていた。前髪はパッツンと揃っていて、化粧もしてねぇのに唇は桜色。なのに色気は皆無でガキくせぇったらありゃしねぇ。
テーブルには質素極まりねぇ弁当。俺が知る料理は見当たらない。それは本当に食いもんなのか?

「お前、それ....」
「ごめんなさいっ!」

女はバタバタと広げていた弁当を直すと、急いで立ち上がり、「あたしだけだと思ったから、本当にごめんなさいっ!!」とでっけぇ声で俺に叫び、そのまま走り去った。

......なんで逃げんだよ、おい。
すり寄られることはあっても、女に逃げられたことはねぇのに。

残された俺の目の前には、女の教科書や文房具。
ペンケースは見たことねぇようなビニール製のもの。
シャーペンも実用的なのかも知れねぇが、見るからに安物っぽい。
消しゴムに至っては、もう捨てろよとツッコミたくなる程に小さく丸まっていた。

........なるほどな。

英徳には時々場違いな奴が入学してることは知っていた。
一般入試で高校から入学してくる編入組。そいつらのほとんどは一般家庭の出で、初等部からここに通っている俺たちとは一線を画す存在。絶対に交わることのねぇ、異分子。

芸術鑑賞に行けないのも当然だ。
あの旅行費を捻出するのは、こいつの生活レベルじゃ無理だろう。
不思議な気分だった。
金があっても行かねぇ俺と金が無くて行けねぇこいつが、今、同じ場所にいるってことが。
しかも、恐らく校内で二人きり。

俺に近づこうとしない異分子。
その異分子が気になる俺。

そいつの名前は、安物のノートにデカデカと書かれていた。


__2年C組 牧野つくし


俺の1つ下か......
思わず顔が綻んだ。
これが、あいつとの出会い。



それから数日、俺と牧野は二人きりで図書館にいた。
俺は自分のスペースにはいかず、牧野の背後にある窓際のソファーに座っていた。
彼女は相変わらずガリガリ勉強していた。俺の存在に気付いているはずなのに、話し掛けてくることも無く。
図書館なんだから会話が無くて当然だ。そもそも俺は、女に近づくのを避けていた筈だ。なのに、俺はなんとなく物足りなさを感じていた。

6限目終了のチャイムが鳴ると慌てて学校を飛び出して行くあいつを、こっそり追いかけた俺。そこで、彼女は放課後に、団子屋でバイトをしていることを知った。そして、『時給 750円』という団子屋の張り紙を見て驚愕し、こいつは、余程の貧民なんだと思った。


一度、牧野が俺に話し掛けてきたことがあった。
俺がトイレから戻って来た時、たぶん、俺の視線を感じたんだろう。
俺はもう、隠せない位にあいつを見つめていたから、

「これ、いる?」
「................おぅ。」

あいつが手にしていた食い物が欲しいのかと勘違いされた。
それは銀色の紙に包まれた怪しい物体。なのに、迷わず受け取り、包み紙を開いて口にいれた。
彼女が旨そうに食うもんが何なのか知りたかったのかも知れねぇ。

「うぇっ、甘ぇっ!!」
「キャラメルなんだから、甘いのは当たり前でしょうがっ!」

両方の頬っぺたをぷくっと膨らませた牧野つくし。
その表情が、童顔なあいつを更に幼く見せて.....何故か胸が高鳴ったような気がする。
それなのに、今思えば、あれは完全な失言だった。

「止めろ、そのツラ。ブサイクが余計にブサイクに見えるぞ。」
「はぁっ!?なんであんたにそんな事言われなきゃなんないのっ!?」

この俺に向かって何て言い草だ。
けど、言えば言う程突っ掛かってくるのが面白かった。
校内に二人きりだったから、誰の目も気にならなくて、俺は少し笑ってたんじゃねぇかと思う。


異世界に住む女。
住む世界が違い過ぎるからなのか、俺に対して媚びを売らない。
それがすげぇ心地よくて、
もっと知りたい・・・俺はそう思っていた。














「専務?」
「...............あ?」

第一秘書西田の声で我に返る。
昨日あいつらと飲んだせいか、今日はやたらと8年前を思い出す。
これから失敗が許されねぇ会談が待ってるっていうのにだ。

あいつと過ごした図書館での約1週間。
あの日々は、俺にとって幸せな思い出だ。
長く続かなかったからこそ、美しい思い出。

今更、どうにもなんねぇ。
ずっとそう思ってきた。


「本日の会談で先方に与える印象が、今後を大きく左右します。どうか、気を引き締めて.....」

分かってる。
これまでだって、少しでも気を緩めれば足元を掬われる、そういう状況で戦ってきたんだ。

今回俺が日本へ戻ったのは、国内に誘致されるカジノリゾートの受注が掛かっているからだ。
中国、韓国、マレーシア、多くのアジアの国々が名乗りを上げる中で、道明寺HDが受注を得るにはまずは政府の支持を得る必要がある。数年にわたる長期計画だからこそ、掴みが重要。社長である俺の母親、道明寺楓も明日には日本入りするはずだ。

俺にのしかかるミッションは途切れることがない。
一つ終わればまた次と、容赦なく俺をビジネスの歯車に乗せる。
牧野を探し会いに行くなんて、現実的にも不可能だと思ってきた。

だが、本当にそうなのか...?
昨日から、自分の殻を破ろうとする俺がいる。



「分かってる。......行くぞ。」

リムジンが止まると同時に、ネクタイを締め直した。
まだ、殻は破れない。
これまで踏み込まずに守ってきたライン。
それを超えて走り出せば、止まれねぇのが分かるから。


今日の会談の相手は財務省事務次官。
トップシークレットの会談はメープルのエグゼクティブミーティングフロアで行われる。
互いに時間をずらしてシークレットルートから入るのはお決まりだ。
日本初のカジノという大規模プロジェクトに政府との密会は必至。特に財務担当事務次官に与える印象は最重要だ。めんどくせぇ話だが、これが日本流だから仕方ねぇ。


厳重な警戒の敷かれたフロアの一室。
その重厚なドアをノックした。


「失礼します。初めまして、道明寺司です。」

「おお。母上には昔からお世話になっています。財務省、松尾です。」


品の良いスーツを着た50代の男。
いかにも一筋縄ではいかなさそうな面構えの男が、俺に右手を差し出した。




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いつもたくさんの応援をありがとうございます。
いつものことですが、ビジネスに関しては全くの架空妄想ですので、雰囲気のみ読み取って頂けると嬉しいです(;^_^A
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Comments 6

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Re: タイトルなし

花●様
いやー、なかなか書き終わらず。今、なんとか書いて、朝に予約しました。
はー、寝ますzzz
まだ謎が多いですが...
司を抱きしめてやってください...えへへ。

2020/05/29 (Fri) 01:02 | EDIT | REPLY |   
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2020/05/28 (Thu) 09:10 | EDIT | REPLY |   
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Re: タイトルなし

スリ●様
つくしちゃん、行きたくても行けないけど、確かにお友達もいませんね(;^_^A
この時点で、司はつくしちゃんに興味津々ですが、それが『恋』とまではいかないのかな。
まだちょっとしか会話してませんものね。
原作では、飛び蹴りくらって恋に落ちてましたけど。たぶん、強烈な何か...が司には必要なのかな?
うふふふふ...えへへへへ.....
そう簡単には参りません(たぶん...)
そうしたら、もうハッピーエンドで終わっちゃいますもんね~( *´艸`)ニヤニヤ
スリーさんから、怒りのコメが来るかもしれない...
司を虐めちゃったらごめんなさい(。-人-。) ゴメンネ

ではでは、もうちょっと頑張って、寝ます!!
また、つづきで(*^^*)

2020/05/27 (Wed) 23:40 | EDIT | REPLY |   
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Re: タイトルなし

花●様
あははっ。なんか、遠い目をしているようなコメントに笑ってしまった。
いいわねぇ~(笑)。
私、一度書いてみたかったんですよ。図書館で出会う純愛のつかつく!(笑)。
花男っぽくないから、なかなかお話にするのは難しいですけど、これは過去のお話なのでまだ書きやすい...かな?
8年前の司の記憶。どうでしょうか...?
ふふふっ( *´艸`)ニヤニヤ 
一言謝っておきます。ちょっと虐めちゃいますよ....。
きゃーっ、ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!!
見捨てないで~(笑)

今書いてるんですけど、なかなか難しいですね。穴に落とすのは...(;^_^A

2020/05/27 (Wed) 23:32 | EDIT | REPLY |   
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2020/05/26 (Tue) 19:53 | EDIT | REPLY |   
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2020/05/26 (Tue) 18:43 | EDIT | REPLY |   

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