FC2ブログ

Happyending

Happyending

まさかの高所恐怖症。
俺の執務室だって高層階だし、高橋総合病院だってたしか12階ぐらいはあるんじゃねぇか?
けど、牧野がバカデカい声で説明するには、『足元が揺れるのは絶対にダメ』なんだそうだ。だから地震もダメなんだとか...マジかよ。じゃあ、ハワイまでは船?何日かかるんだっつーの。

へたり込んだこいつを何とかヘリに乗せると、ギューッと俺の首に絡みついて梃でも動かねぇつもりらしい。
長い黒髪からは俺とお揃いのシャンプーの香り。


昨日の今日だ。
この行動に深い意味などないことは理解してる。
パニくって、もはや自分が何やってんのか分かってねぇんだろ。
スーツ越しとはいえ程よい弾力が俺の胸に押し当てられていることも、声を上げる度にその息が俺の首筋をゾワゾワさせることも、俺が人生で初めてこんなにキツク女を抱きしめているんだってことも、何にも分かってねぇ。

こうやって、こいつが無意識に俺を煽ってくるのはもうデフォルトだ。




昨日だって、ベッドに滑り込んだ当初は、俺らの間には掛布団の谷が作る仕切りがあった。
横向きになった俺は、こいつの後頭部を見つめながら、安らかな寝息が聞けるだけで幸せだった。

......本当だぞ?

だが10分もすると、ゴロンと俺の方へ寝返りをうち、いきなり俺の胸の前に牧野の可愛い寝顔が現れて。『んぁ...』なんて艶めかしく口を半開きにしたかと思うと、あったかい小さな手で俺の胸に触れた。

ぐぁっ!!

触れられた部分から全身の血が沸き立つ感覚にゾクゾクした。
ゴクッと唾を飲み込んで冷静を保つのがやっとだ。
......つまり、初めてだったんだよ、あんな興奮!
少しばかりこいつを振り回してやるつもりが、完全に振り回されたのは俺の方。

そして、その手はツーっと俺の胸をなぞり、そのまま俺の左腕で止まった。

バクバクバクバク...
すっげぇ心音が速い。

硬直して動けずにいると、『んん..』と可愛らしく呻いたこいつは、そのままグリグリと俺の腕に頬を擦り寄せ、寝心地のいい場所を探し始めた。俺の胸に吐息を吐きかけ、あっ、足まで絡めてだぜ?

ここで、我慢できる奴はいねぇよな?
そりゃ、無理やりやっちまおうなんて思わねぇけど、少しぐらい...

ゆっくりと、牧野の背中に右腕を回すと、その小さな体はすっぽりと俺の胸に収まった。
少し俺の方に引き寄せると、またモゾモゾと動いたこいつは更に俺に密着し、俺の開けた胸に...キスをした。

ゾワッと体が震えた。
やべぇって!
完全に墓穴を掘った。

「牧...野.....」

これはもう起こした方がいい声を掛けたが、
『んー』とか言いながらイヤイヤと頭を振ったこいつは、『ふぅ...』と長く息を吐きそのまま脱力。
それから聞こえて来たのはとんでもなく心地よさそうな寝息。

マジか・・・

……ううっ
やべ、くすぐってぇ。やめろって!

牧野の息が胸に当たり、それにいちいち反応してる俺。
自分が逃げればいいのに、それはしねぇ。
こんな可愛いやつから離れられる訳ねぇだろーが。


それはある意味拷問で、幼なじみのあいつらには絶対に言えねぇ状況。
「お前それでも男かよっ」ってバカにされるに決まってる。

でもよ、こんな無防備な奴だとは知らなかったが、そんなところも嫌いじゃなくて、いやむしろすげぇ好きで、このボケボケで鈍感なところも含めて大切にしてぇって思ったんだよ。
嫌がることなんて絶対にしたくねぇ。
今度こそ優しくしたいって思った。

だから昨夜の俺は、一晩中悶絶しながらも紳士に徹した訳なんだが、こいつを大切にしたんだって満足感は半端なかった。
そんなことこいつは知らねぇし、自己満足に過ぎねぇって分かっていても、それでも俺は幸せな気持ちだった。


朝は、こいつが動き出そうとするのを察知して回していた腕を外し、仰向けに戻って寝たふりをした。
牧野が慌てているのが丸分かりで笑い出しそうになったがジッと耐えた。何故なら、ここで爆笑したら、この体勢が俺のせいになっちまうからだ。
この状況を作ったのは、迂闊で鈍感なこいつのせいだ。
そこは絶対に譲れねぇだろ?





そして今もまた、無防備にギューギューくっついてくる牧野。
ったく、俺の気持ちも少しは分かってくれよ。

俺はお前が好きで、大切で、守りたい。
英徳時代にお前を守れなかった俺じゃねぇ。

このヘリデートだって、お前に楽しんで欲しくて誘ったんだ。
俺がお前を笑顔にしてぇんだよ。
カジノのことでがっかりさせたかも知れねぇから、挽回したいって、そんな気持ちもあった。






ヘリから車に乗り換えて、到着したのは新規ホテルの建設候補地。

「ここにホテルを建てるの?」

真正面には富士。眼下には湖。背後には山々。
少し行けばゴルフ場もある静かな土地。

「決定じゃねぇ。この近くに高級旅館はたくさんあるし、道明寺が本腰を入れるならなんらかの付加価値が必要だ。ここに来れば何かインスピレーションが湧くかと思ったから見に来た。」

実際候補地は他にもある。関東近郊では軽井沢や舘山も候補に上がっている。
ここは有力な候補地ではあるが、ここでなければならない訳でもない。

「付加価値かぁ。」

ウーンと首をひねりながら腕組みを始めた牧野。

上質なスーツ身に纏ったこいつは、一見デキル秘書に見えなくもない。でも、その腕組みの仕草は役員秘書とはほど遠くて...、牧野らしくて思わず笑っちまった顔を見られないように横を向いた。こいつはすぐ拗ねるから。


現地に集合した企画部の人間から、この土地のメリット・デメリットと事業計画を再聴取する間も、牧野はあっちこっちと様々な方向に視線を走らせていた。

「なんか気になるのか?」
「ううん。ただ、癒されるなぁって。やっぱり木々に囲まれるっていいね。空気が澄んでて美味しくて、元気になる。うちのお婆ちゃんも連れて来てあげたかったな。」
「婆ちゃん?」

じっくり聞いてみれば、牧野が英徳を去ったのは婆さんの末期癌が発覚したからだそうだ。爺さんは先に他界していて、一人暮らしの婆さんを放ってはおけなかったから。亡くなったのは牧野が大学1年の時で、それまで婆さんの入退院や外来治療に付き添い、最終的には自宅で看取ったという。彼女が看護師を目指したのはその経験が理由らしい。

「最期をお婆ちゃんが大好きだった自宅で過ごせて良かったって思うんだけど、こんな素敵な所にも連れて来てあげたかったな。だって、何にもしなくても、ここにいるだけで癒されるでしょ?」

静岡から見える富士は、ここから見るのとはまた違うんだと笑った。
騒音のない、森林に囲まれたここの空気は格別だと牧野は言う。

「介護や看病って家族の負担が大きいの。だから、お婆ちゃんも私たちにできるだけ迷惑を掛けないようにって気を遣ってたと思う。旅行に行きたくても、やっぱり心配だし大変だしって考えたら無理には行けない。だからさ、病気の人も、それを支えている家族も、どっちもくつろげる宿泊施設があったらいいのになって思う。」

「病気でも?」

「うん。最終的には自己責任にはなるけど、ちゃんと主治医の先生の許可を貰ってさ。旅先では家族もサポートを受けられて、家族みんながくつろげるような。」

金があれば、看護師や医師を雇って旅行に行くことも出来るだろう。介護だってメイドがすればいい。
多分俺ならそうする。ただ、それができるのは一部の限られた人間だけだということも分かる。
でももし、医師や看護師の見守りが受けられるホテルがあったら?
そんな事可能なのか?いや、地域の訪問看護ステーションと提携すれば可能かもしれない。

食事やケアの情報を前もって共有し、各客室に介護士や看護師の資格を持つパドラー(その部屋専属の客室係)を配置すれば、宿泊中の家族負担は最小限にホテル生活を満喫することができそうだ。
人材の確保とコスト面は大きな問題になりそうだが、数室限定であれば...いけるか?

介護付き高級住宅を多く手がけている道明寺はその辺りのノウハウはあるし、さらに言えば、高橋総合病院と姻戚関係にあるうちならではのプランを作ることができるかもしれない。
そうすると、場所は富士山麓ではなく、むしろ東京近郊に限られるが…。

メープルの高級路線は崩さずに、ピンポイントの要求を叶える。
そこに高額な料金が発生するとしても、それを惜しむ人間ばかりではないことを俺は知っている。
需要は...あると思う。


「私ね。在宅看護の仕事をしたくて今の病院に就職したの。」
「うん?」
「それで去年から先生方について色んな家庭を回ってるんだけど、奥さんと旅行に行きたいなぁとか、孫たちと遊びに行きたいなぁとか言われることがあるの。でも患者さんの体調には波があるし、ご家族のフォローだけじゃ成り立たないし、急変時の対応も考えなきゃいけないし。そうなると受けてくれるホテルって殆んどないの。」

それはそうだろう。
急病患者が出ればホテルの評判が落ちる。責任も取れないしな。

「患者さんとそのご家族が一緒にひと息つけて、静かな思い出が作れたいいな。ねぇ、メープルは...無理かな?」

少なくとも大型ホテルではそこまできめ細かい対応は困難だ。
だが、今回計画しているようなヴィラタイプの客室なら、その要求を満たすことはできるかもしれない。ましてや病人。入り口から別にすれば、他人の目を気にすることなく寛ぐことも可能だ。


「できなくは、ないと思う。」
「本当っ!?」

まだ俺の脳内で模索段階であって断言はできないが、
牧野が応援してくれるなら、それだけで検討する価値がある。

「でも、その場合、在宅看護専門職の意見が必要だ。それはお前に頼めるか?」
「私?」

邪道な考えだって分かってる。
でも、俺も涼兄のように、牧野と同じフィールドで繋がっていたい。
それに、この分野で成功すれば、この先もずっと一緒にいられる。
高橋家になんて負けらんねぇっつーんだ!

「そ、それって、道明寺が特別なホテルを作ってくれるってこと?」
「実現できるかはまだ分からないが、良いプランだと思う。」
「本当にっ!?」

わぁっ!と嬉しそうな牧野。
この笑顔を、俺が引き出したんだと思うと胸が熱くなる。
彼女の期待を裏切りたくない。
だから、失敗は許されない。


「協力してくれるか?」

「私でできることなら喜んで。」

牧野が差し出した手を、すかさず掴んだ。
例えビジネスであっても、明確な繋がりが出来たことが嬉しかった。



帰ったらババァに何を言われるかは気になるが、
ちらりと後ろを振り返ると、西田は満足気に頷いている。


彼女との未来が道明寺の未来。
もちろんそれは俺の未来。

これまで考えたことのない、新しい世界が見えた気がした。




にほんブログ村

いつもたくさんの応援をありがとうございます。
専門的なことなど色々とツッコミたい所もあるかと思いますが、素人のお話ですので大目に見てやってください(*^^*)
関連記事
Posted by

Comments 4

There are no comments yet.
-  
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2020/08/02 (Sun) 10:02 | EDIT | REPLY |   
-  
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2020/08/02 (Sun) 00:37 | EDIT | REPLY |   
-  
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2020/08/02 (Sun) 00:29 | EDIT | REPLY |   
-  
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2020/08/02 (Sun) 00:21 | EDIT | REPLY |   

Leave a reply